ピカレスク~ケントとフウマ~⑱
【螺旋】
それは、突然終幕を迎えた。
朝日が上ると同時に拠点へ戻ってきたフウマ。
感じ慣れた気配に気付き、閉じていた眼を開けるケントだったが、
フウマの気配に混じった僅かな殺気を感じとり
瞬時に床に右手をつき前屈みの体制で視野を広げる。
左手を探るように動かし、傍に置いていたケースの取っ手を握ると生唾を飲み、息を潜め周囲の気配を読む。
少して、雑に扉を開け中に入ってきたフウマに秒で近寄ると二の腕を掴むと勢いよくこちら側へ引き寄せた。
「?!…っな…!」
パァァン……!!!!
フウマが驚きの声を発するのを待たずして、
冷たい部屋に銃声が響き、辺りに火薬臭が立ち込める。
「うゎっ…?!なっ…?!!」
「ちっ……、こっちだ…!」
「ぉわっ…!?」
自分達が置かれてる状況に頭が追いついてないフウマを強引に引きずるように、ケントは自分が先ほどまで休息していた窓枠へ向かって走りだす。
窓の数メートル下には錆びだらけのトタンを張り合わせて建てたような小屋があり、
二人は窓から飛び下りると屋根の上に身を落とした。
不協和音を奏でへこんだ屋根の上をさらに走り、地面へ飛び下りると一目散に霧の中を駆け抜ける。
ケントの背中に食らいつくように走りついてくるフウマは、
何度も後ろを振り返りながら上ずった声を上げた。
「ちょ…ケン…っ、待てって…何がどうなって……?!って、あいつら…?!あの黒服…」
「おい、振り向くな!走れ…!」
「だって、あいつら……オレたちによく仕事を依頼してきてた……」
「いいから走れ!!」
「なんで……」
「フウマ!!」
容赦なく銃弾が二人の…とくにフウマの至近距離を何度も掠め通過する。
あと数センチずれていたら確実にダメージを受けるだろう事実を
銃声が鳴る度、恐怖と共に
フウマの感覚に刷り込まれていく。
何度ももつれかけてる足を必死に動かし走り続ける。
「…ちっ…!」
案の定と言うべきか、数発の弾道を見た限り、フウマが狙われているのは確実だった。
本来なら我が身を挺してフウマの盾になるべきと思う反面、
パニックを起こしているフウマに先を走らせるのはかえって相手の思う壺だ。
二人の行動を読まれて目の前から奇襲を受けたとして
フウマが自分より前にいた場合、
今の俺には助けられる自信がない。
だからフウマにはひたすら、俺の背中を目印に走り続けてもらうしかない。
フウマの走り方の癖などを利用し、俺が前を走りながらフウマの動きを誘導することで
一か八かでひあるが、どうにか弾道を塞ぐことを回避しながら逃げ続けることができている。
(あいつら…いままでどんだけ人を舐めくさってたんだよ…くそが)
静かな早朝に複数の足音が不規則なリズムを刻む中、
けたたましい銃声が引っ切り無しに鳴り響き続け
数える程度しかない木々でくつろいでいた小鳥たちが
各所から一斉に羽ばたき四方八方へと瞬く間に消えていった。
……長年住み慣れたスラム街は、二人にとっては巨大な庭のようなものだった。
今まではどんなやつにどれだけの人数に追跡されても
あっという間に巻いて逃げ切れていたはずだった。
なのに、今日に限って敵は執拗に追いかけてくる。
…違う。追いかけてくるというより、こちらの行き先を予測…いや、熟知しているかのような動きを見せる。
自分達の思い通りにことがはかどらないことに苛立ちを覚えたと同時に
住み慣れていたはずの街の知らない顔を目の当たりにし、二人の思考に混乱がちらつきはじめた。
「?!………っくそ!!フウマ、戻れ!」
「はっ?!な…なんで…」
一体どのくらいの時間、走り続けて、逃げ続けているのかもわからない。
「だめだ…!そっちだ!」
「まじか、よっ!」
これで何度目だろう。
ケントが誘導するルートに、やつらは先回りし姿を表したり、巻いたと思ってもすぐ後ろから足音がし、
振り向くとそこに黒服がいる。
その姿が目にはいる度、ケントは思考を止めることなく次のルートを瞬時に選択し逃げ続けていた。
「こっちは無理だ、そこの隙間に…」
「ぅわ!こっちにも…」
「…?!フウマ…!!!」
ケントは黒服の気配を感じ、即座に踵を返すと
フウマの側にある路地裏へ進むよう伝えるが、既に待機していたようでフウマが黒服と直面してしまう。
路地裏から近づく二人組はそれぞれ銃を持っており、
躊躇することなくフウマに向けて引き金を引く。
咄嗟にナイフをとりだすが、銃相手では最悪な結末しか見えない。
フウマはギリギリのところで弾を見切ってなんとか避けたものの、体制を崩して片膝をついてしまった。
「っ……!!」
「フウマ!!!!!」
パン!!!!!!!
パン!!!!!!!
一瞬の出来事だった。
フウマは何が起きたのか、
何故耳元で破裂音がしたのか、
理解するまでに数秒の時間を要した。
耳鳴りが脳を揺さぶり、聴覚が一時的に消える。
フウマは両耳をおさえたまま、ゆっくり音のしたほうへ頭を向けた。
焼け付くような熱が肌に伝わり、火薬の臭いが鼻腔を刺激する。
視界の先に見えたのは
白煙が細く上る熱を帯びた銃口と
それを構えて立ちはだかる
獣のように目をぎらつかせたケントの姿だった。