ピカレスク~ケントとフウマ~⑯

【混乱】

「…いってきまーす」

「あぁ…」

目が覚めてから三十分近く、起き上がれないまま過ごしていたフウマだったが、やっとケントの手が離れてくれたタイミングで
へたくそな『今起きたアピール』をしながらおきあがり

支度をすると拠点を出た。

きっと、今の精神状態のケントでなければ完全に演技たと見抜かれていただろうから、そういう意味では今のケントで助かったといえる。


「しかし、久しぶりだな…元気にしてっかな、今日もパンつくってるかな…」


道端の草木を見渡し、かなり伸びたと感じながら
フウマは一度通った道をスムーズに歩いている。

今日は追い風のせいもあってか、前回よりも早く目的地についた気がした。


「あ!おーい!」

「あ、フウマくんっ」


ついた早々、あの美しい金髪がカレンと確信し、大きな声で呼んだ。
カレンもその声にすぐ反応して振り返り、柔らかい声で返事をする。

白い靴を鳴らしながらスカートの両側を軽く持ち上げ、小走りで近寄ってくる動きに小動物のような可愛らしさを感じ、ニマニマしながら待つフウマだが、
カレンが目の前にくると我に返り、デレてダルみきった表情をさっと整えた。


「来てくれてありがとう、渡したいものがあって…」

「渡したいもの?」

「ここじゃ落ち着かないでしょうし、よければうちで話しません?今日はマルゲリータを焼いたの」

「え?ま、マル…ハゲータ?」

「プ…!くすくす、ちがうわよ、マ、ル、ゲ、リ、ー、タ、ピザのことよ」

「え?あ、あははは、しってるしってる、ピザな?!ピザは知ってる!おっしゃ、行くか!」

「ウフフフ…相変わらずね、フウマくん…では、どうぞ…」

一部の層から批判が飛び交いそうなとんでもない言い間違いをしたフウマは、
カレンの反応に慌てふためき、早くこの場を去ることで何もなかったことにしようと
早足でカレンの家へ向かった。
途中、カレンを追い越してさきを急ぐフウマの背中を見て、カレンはせっかくこらえていた笑いを再び解禁してしまった。



「へぇー、これが、マルハゲ…マルハ…マル………リータか!!」

「くすくす、ええ、そう、マルゲリータ…モッツァレラチーズとトマトにバジルの風味がとても合っていて、さっぱり食べられるの、美味しくできたかあれだけど…」

「いやいや、絶対に美味しいでしょ!安心して!あ、食べてもいいか?」

「ありがとう…えぇ、どうぞ召し上がれ」

味においては絶大の信頼をおいてるからか、自身たっぷりな表情で熱々のピザに食らいつくフウマ。

案の定、チーズで舌を火傷しそうになり、慌ててミルクを流し込んだ。

「あっつー!…あぶねー火傷するとこだった!でも、うまいな、これ!!何枚でもいける!」


そう言いながら子供のようににっこり笑うと片手にマグカップ、片手にピザを持ち、交互に口に運んでいく。

フウマの豪快な食べっぷりは見ていて飽きないらしく
カレンは紅茶を飲みながら見守っている。

「あ、そうそう、渡したかったものがあったの…」


フウマの食いっぷりに釘付けになっていたカレンは、三枚目のピザに手を掛けたところで今回依頼していたことを思い出し、パンと手を叩くと
小さな引き出しがある場所へ向かった。

フウマはカレンの姿を、目で追いながらピザを頬張り続ける。
カレンはそこから一枚の手紙をとると、大事そうに抱えて席に戻ってきた。


「…あれから何度か、彼女と手紙のやりとりをしたの…その中で私、あなたのことを書いてみたのよ」

「へ…?ユイと?」

フウマの返答に一瞬固まり、フッと小さく息を吐くと
カレンは優しくゆっくり語りかけた。

「あなた…本当は“フウマ”くんなんでしょ?」
「?!!ん、いや、オレはケ、ケントって名前で…」
「だって今、私の親友の名前を言ったわよね?私、名前は教えていなかったと思うけど…」

「あ、いや、なんとなく、日本人ったらそんな名前かなぁ~と……」

すっとぼけようと視線を天井に泳がせ両手をバタバタさせるフウマを、落ち着いた優しい表情でカレンは詰める。

「今日、私、何度かあなたを“フウマくん”って呼んでたのよ?」

「へっ……?……あっ!!!」


カレンに言われて記憶をたどると、ものの見事に最初の一声からフウマの名で呼ばれていたことを思い出した。

「あー……あーっと、…えと…」
「試すようなことしてごめんなさい」

両手を顔の前で合わせ、申し訳なさそうな表情を向けてくるカレン。

彼女をみつめながら、もしこれがケントだったら
『ここまでしといてなにがごめんなさいだ!』
という罵声が出ていたが、相手は美少女なうえ
美味しい料理を毎回ご馳走してくれるとてもイイ人。

なので、フウマは一旦身を落ち着かせてから返事をした。

「いや、こっちこそごめん、名前、嘘ついて…この仕事上、本名を知られるのはだめだってケントに…」
「ケントって、親友さんの名前だったのね?」
「あ、いや、親友じゃなくて、仲間というか、バディ?というか…一緒に仕事してるやつの名前で…」
「そうなのね、てっきり親友さんと一緒にいるのかと思ってたわ」
「ははは……」

罰が悪そうな顔で笑ってごまかすフウマ。
カレンはフウマを見つめ、ニコッと笑いかけると手紙を差し出してきた。


「あのね…私があなたのことを手紙にかいたとき、
彼女…ユイはすぐに返事をくれたの…きっと、その彼がフウマくんだって…」

フウマはカレンの言葉で、親友が自分の幼馴染みであるユイだと確信した。
自分はぼんやりとした面影しか残ってない上、
前回あれだけ情報をもらってたのに
ぼんやりと“本人かも…”ぐらいまでしかたどり着かなかったのに
ユイはカレンが伝えた文章のみ…しかも、名前がケントとして書かれていたにも関わらず、それがオレだと確信した。

フウマはユイの記憶力に化物じみたすごさを感じ、軽くゾッとした。

と同時に、ほんの少ししか過ごしていなかった自分を覚えていてくれたことに嬉しさも感じていた。


「これは、そのあと何度か文通したあと、フウマくんへ渡してほしいと預かっていた手紙よ…ぜひ、受け取ってほしい…」

「えっ…これ、オレに…?」

「確実に本人に渡してほしいと頼まれたの…それと、読むときは必ず一人で読んでとも言われたわ」

「ひとりで…?なんでまた……」

「私も理由はわからないけど…必死にあなたを探していたことを考えると……とても大事なことを伝えたいという気がしてならないの…」

カレンは両肩を抱くように腕をクロスさせると不安そうに体を縮こめた。

「ちょ、カレンさん、大丈夫か?」

「ごめんなさい、なぜか、とても怖いことが書いてある…そんな気がして、さっきから震えが止まらないの……」

小さな唇から漏れでる言葉がかすかに震えている。

「ごめんなさい、あなた宛の手紙で、しかもこれから一人で読むというのに、こんなこと…」

「カレンさんが気にすることないっすよ!それに、幼馴染みのユイなら、根っからの明るいやつなはずだし、そんなダークな手紙は書かないって!」

「それならいいのだけど…」

「大丈夫大丈夫!安心しろって!な?これでものんでさ!」

そういうとフウマは、自分でいれたわけでもない紅茶の入ったポットをカレンのカップにたっぷり注いだ。

「…ありがとう、いただきます」

そう言ってほんの少しだけ微笑むと、カレンはカップを手に取り、そっと唇へ運んだ。




……

…………









今回もちゃっかり手土産をいただいて帰り道を歩くフウマ。

左ポケットには手紙が入っている。

(一人で読んで、か……)

ふと、フウマは足をとめ、足元に茶袋を置くと
ポケットから手紙をだし封を開けた。

拠点へ帰ればケントがいる。
ケントの目の届く範囲で、ヤツの目を盗んでなにかをしようとして成功したことは多分一度もない…はず。

だったら、ここでみてしまったほうがいい。

そういう結論に至ったのだ。


「えっと…何々…?」


【風磨へ】

【やっぱりあんたはそこにいたんだね、あたしの情報網はピッタシだったってわけだ、すごいでしょ?】


「ふうま…って、オレの名前、こんな字だったのか……つか、なんか、こいつの口調、すんげぇ懐かしい、かわってねぇー…こんな感じだった気ぃするわ…!」


今日初めて自分の名前が漢字で付けられていたことを知り、不思議な気持ちになる。
そして、ユイの手紙の中の言葉遣いに懐かしさを感じた。
確かに、こんな感じの、少し勝ち気で、さらにずば抜けて元気で行動力の塊のような明るい女の子だった気がする。

【書きたいことはたくさんあるんだけど、まずは風磨のご両親のこと。風磨がとても辛かったときに何もできなくて本当にごめんなさい。風磨、すごく優しいやつだったし、両親からとても愛されてたから…今でもずっと苦しんでると思う。ごめんなさい。】

(そんなの…おまえが気にすることじゃねーのに…お前だってあの時はオレと同じガキだったろ…ガキじゃなにもできねえよ……)

ユイの心からの謝罪にたいし、心に言い表せないモヤ感じた。
当時の自分達の年齢ではどうあがいても何もできなかったことは決まっていたようなもの。
こればかりはユイが謝罪する必要など全くないのだ。

【あの事件があったあとすぐ日本に連絡があって、私の両親が風磨を引き取ろうと海外へ渡航したんだけど、
私の両親も、多分殺されたんだと思う】




どくん。




心臓が重い鼓動を告げる。

ユイの両親が、海外渡航?

渡航って…来るってことか?

オレと両親は日本から海外にいき、

そこで両親が殺されて…

オレを迎えにきてくれたユイの両親も…

殺され…た?




【両親が帰ってこなくなって4日目、家の中にあるものでどうにか食いつないで生きてた私を親戚が引き取りにきてくれて、私はそこの家でお世話になったんだ。
それで、日々過ごしていくなかで、両親が連れて帰れなかった風磨を、私が日本に連れて帰らなきゃって思うようになったの。】
【それから私は必死に学んでお金も貯めて、何度も海外へ風磨を探しにいった。いろんな所から情報をもらって、可能性があるところをしらみつぶしに回ったの。
そして、カレンがいるあの地域で似たような子を見かけたという情報が入って、風磨だと確信した私はすぐ向かったんだけど、結局見つからなかった。】
【そりゃそうよね、あの泣き虫で弱虫で、優しい風磨が
、あの、スラム街にいるなんて思いもしなかったから、私はそこを探すことをしなかった。探していれば、もっと早く会えた…いえ、今ごろ一緒に日本へ戻ってきてたかもね?】

両目が次々と先を急ぐようにユイの書いた文章を読み進めていく。

【カレンから手紙をもらって風磨がいると知って、すぐにでも連れ戻しに向かいたかったけどお世話になった親戚がトラブルに巻き込まれちゃってしばらく日本を離れられなくなったの。だから、こうして手紙で伝えようと思って書いたんだ。】

【ここからは、私が風磨とご両親について知ってることと、風磨にお願いしたいことを書くね】

【風磨のご両親は資産家で、海外にも名が知られている人だったの。当時も、アメリカのとある大手企業に資金提供だったかな…そんなかんじの目的で渡米したみたい。
1ヶ月近く滞在予定だったらしくて、家族旅行もかねて一家揃って向かったの。】

【そこで風磨の両親は、大手企業の内部にいた裏切り者が依頼した殺し屋に狙われ、殺されてしまった。
風磨は奇跡的に保護されて、施設に入ってたの。
その連絡が私の両親のもとにきて、風磨を引き取ろうって話になって急いで現地へ向かってそのまま…。私の両親も、同じ殺し屋に殺されたと調べてわかった。】

【ここからがお願い。

風磨、今すぐ日本に戻ってきて。
一人きりで。
現地の人は誰ひとり信用しないで。
私の親友も。
できる限り早く戻ってきて。





でないと、殺し屋に殺される。

風磨は事件現場にいた。
犯人の顔を、犯行現場を確実に目撃していた。
当時の風磨は、うわ言のように言ってた言葉。

赤い人形がたくさん

黒くてちっちゃい人形食べちゃだめ 

真っ赤な水触っちゃだめ

パパママ起きて

やめて うたないで

ジョーカー


風磨についてのこんな情報が裏で出回ってた。
殺し屋からだけじゃない、
他からも狙われてるかもしれない。
風磨の首を取れば対価をもらえると思っているやつらから。

だから、お願い。

できるかぎり早く、その地を離れてもどってきて。】



なんなんだ。
一体なんなんだ。

オレの情報ってなんだよ…

オレが目撃者で生存者だから狙われてる…

殺されるってことかよ…

わけわかんねぇ……わかんねぇ…!!!


冬がきたと思えるくらい、横殴りの風がとてつもなく冷たくて、全身の熱を絡めとり奪い去っていく感覚がした。

足元に置いた茶袋から漂っていた香ばしい香りは、もう鼻には届かなくなっていた。

【それと、今一緒に行動してる男の人。

その人は絶対に信用しないで。

あたしの情報が正しければ、その人は】


















【私たちの両親を殺してる】



















    










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