ピカレスク~ケントとフウマ~⑧
【フウマ】
スラム街と外の世界を繋ぐ中間地点に存在する小さな町。
オレはそこへブツを届けにいく。
スラム街を1人で離れるのは今日が初めてだ。
緊張と興奮が入り交じった、端から見たら気持ち悪いテンションを全身から放出しながら歩いていたかもしれない。
だとしても、それを見られる人すらいない廃れた道だ、何も気にすることはない。
オレは散歩でもしているような気分で、軽快に歩き続けた。
それにしても、今回の依頼は珍しい。
小さな町で待ち合わせしている女に手紙を渡すというものだった。
依頼主の男は、女のなんなんだろう?
旦那?彼氏?キョウダイ?親友?
様々な繋がりを想像し、オレは二人の関係を何パターンも歩きながら妄想した。
(おっと、いけねぇいけねぇ…真面目にこなさなきゃな)
ふいに目の前を掠めた肌寒い風で我に返り、ぶるりと身体を震わせる。
視界の先に小さな銀色の鐘が見えてきた。
「お、もうすぐだな…」
………
たどり着いた小さな町。何て名前かは忘れてしまった。
覚えているのは、ほんのりバターが香るサクサクのクロワッサンと、
甘酸っぱい黄色い木の実のジュースと、
町の真ん中の小高い丘の上にある銀色の鐘だけ。
「…一度でいいから、どんな音が鳴るのか聞いてみたいなぁ…」
そんなことを考えながら、約束の場所から僅かに見える銀色の鐘をぼんやり眺めていた。
5分ほどたっただろうか。
ふと、視界に入ったブロンドの長い髪に視線を持っていかれた。
太陽の光に照らされてキラキラ輝く金色の髪を
深紅のリボンでひとつに結び、
白いワンピースから伸びた手足は、着衣と同化しそうなくらい白くてすらりと長い。
折れそうなくらい細い腰に巻かれた赤いレースの紐。
(…あ!あの腰紐…彼女が依頼人の…)
フウマはポケットから手紙を出すと、声をかけた。
「カレンさん?」
女性は立ち止まり、くるりと振り返る。
小さい顔に大きな栗色の目
真ん中にちょこんとついた、かわいい鼻
その周囲に薄いそばかすがほんの少し。
唇はさくらんぼのように小さくて真っ赤でぷるんとしている。
「あなたが手紙を届けにきてくださった方…ですか?」
「は、はい!こ、これ…どうぞ!」
女性慣れしていないというか、女性の記憶といえば母親と近所の幼なじみくらいしかないフウマは
目の前の圧倒的美少女に心臓を握りつぶされたような衝撃を受け、
緊張のあまり震える口を無理矢理こじ開けて返事をすると、棒のようにカチコチに固まった両腕で、
ロボットのようにカレンの前に手紙を差し出した。
「ありがとう…クスクス」
フウマの動きか話し方か、はたまた両方か。
カレンは手紙を受けとると、左手を口許に添えながらクスクス小さく笑った。
「…!?」
カレンに笑われたフウマは、自分のみすぼらしい身なりを笑われたのかと勘違いし、両手でパッパッと衣服を叩き払うと、九十度のおじぎをした。
「で、では、これにて…!」
「あ…、待って…待ってくださいっ」
呼び止められて踏み込んだ足が中に浮き、軽くこけたような体制になるフウマ。
「な、なんでしょう…?」
「あの…お礼というか、クッキーを焼いたので召し上がっていきませんか?しぼりたてのヤギのミルクもありますし…」
「あ…えっと…でも…」
フウマは一瞬たじろいだ。
脳裏にケントの言葉が響く。
『時間厳守、深入り禁止、会話も必要最低限にしぼれ』
時間は…日没までまだまだある。
深入りは…彼女のことを根掘り葉掘り聞かなければ問題なし
会話は…必要最低限だけ話す
(食べたり飲んだりをダメとかいわれてねぇし…)
「いっか♪」
「え…?」
思わず口から飛び出していた心の声に、カレンはきょとんとした顔を見せる。
「あ、いや、こっちの話で…、あ、クッキーとミルク、是非ともいただきます!」
フウマは慌てて両手を体の前でブンブン振ると、満面の笑みで両手を合わせ、頭を下げた。
「クスクス…、では、こちらへどうぞ、すぐそこです」
カレンはフウマの前に立つと、すらりと長い足を優雅に運ばせ、自分のあとへ続くよう促した。
フウマは歩幅を合わせながら少し距離を空けてついていった。