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【朗読用台本】セーラー服の隙間風
※注意※
・作品を使用する際は「ボンゴ大福」までご一報ください。
↓連絡先
bongobongopppp40@gmail.com
・性別や一人称、名前の改変は可能です。
・既存のキャラクターに当てはめる、大きく改変した内容や音声作品以外の形でSNSやウェブサイトで公開する行為は禁止です。
※「自殺」の表現が含まれます。※
苦手な方、トラウマ等精神的に深い傷のある方は、なるべく閲覧を控えてください。
↓本文
私はある日、それを目撃した。
それは一生のうちで1度しか訪れない、あまりにも儚くて、あまりにも魅力的な瞬間だった。
皆が群がり、悲鳴を上げ、サイレンが鳴り響く中、私は涙を流していた。
「あぁ、私はこんなものが好きだったなんて!」
「あ、私、千歌っていいます……」
「あ、えと、遥です」
最初はそんな挨拶が定番でしょう。
隣の席の彼女は、下手くそな作り笑いをこちらに向けた。
それから私達が仲良くなるのに、そう時間はかからなかった。
掃除当番と電車の時間は一緒、好きなマスコットキャラクターも、買い物するお店も同じ、違うのは髪の長さと、瞳の色、シャープペンシルの芯の硬さと、
「私、彼のこと好きなのよ」
こっそり耳打ちしてくれた。
一番の友達だもの、と
そして彼女は頬を染めてにっこりと笑った。
私は
「そうなの。私はいいと思わないけど。」
とそっけなく返した。
彼女は困った顔をしたあと、
「そう。私、彼のこといいと思うのに。」
ぽつりと零した。
こっそりと私は家で泣いた。
びゅうびゅう冷たい風の吹く、嫌な日だった。
「私、彼のこと好きなのよ。」
頭にべっとりと張り付いて離れないイヤなことば。
分からないけれど、私は真っ赤になった目元を擦り、そっと、布団から寒気のする床に足を下ろして、ぺたりぺたりとスクールバッグに向かって歩く。
バッグの中には、外のポケットの隅からノートの端に至るまで、彼女との思い出が挟まっている。
「私、なんで泣いてるのかしら。」
分からないけれど、分からないけれど、私は紅く悴んだ手をバッグに差し込む。
ゆっくりと彼女と教室で交わした手紙の数々を拾い上げ、床にばらまく。
「分からないことばっかりね。」
私はそれらに顔を填めた。赤みの引いてきた目元から、再び雫が零れたので、それを隠す為なのか、ドクドクと忌々しく動き続ける破裂しそうな心臓を抑える為なのかはわからないけど、そうしなきゃ死んでしまうと思ったから。
微睡みの中、私は浮腫んで重い瞼を無理矢理開ける。
そうだ。学校よね。
シャワーを浴びて、ブラジャーのホックをとめてインナーを着る。
セーラー服のサイドのファスナーを閉めて、スカートは二回折る。膝下5センチの紺の靴下を上げて、赤いタイを結べばいつもの女子高生の私だ。
母さんが作ってくれたトーストを食べて、歯を磨いて、バッグに急いで教科書を詰めて、髪を結って、ローファーの踵をはめて、玄関を開けた。
「明日、私、彼の家に行く事になったわ。」
何を言っているのだろう。
嬉しげに目尻にシワを作り、頬を染める彼女をただ、私は呆然と見つめてしまった。
心臓が裂けそうなほど動いている。忌々しくて、喧しくて、騒がしくて…。
「私、彼のこと嫌いだわ。いい評判聞かないもの。」
私、嘘をついたのだわ。
言葉が先に出てしまった。何も知らないくせに、言葉がつるりと喉から出てきてしまった。
「あなた、そんな事言う人だったのね。」
先程の頬を染めて微笑んでいた彼女は、今日初めて私を見つめて、初めて私についての言葉を放った。
「あなたに見ていて欲しいのよ。」
前とは見る影もなく細くなった指で、私の手を握る。
頬が痩けて、髪は潤いを失ってしまったけれど、それでも彼女は美しかった。
私とは違う紅茶のように住んだ茶色の瞳は、久々に私の瞳孔を捉えたのだった。
「構わないわ。貴女の頼みよ。断れない。」
彼女は、この街で誰よりも高い場所へ登る。
靡くセーラーのタイ。紺のスカート。そんな事気にもとめずに、彼女は目的の場所へと足を進める。
私は、心臓がついには裂けるのではと、本当に心配になってしまった。
それ程に、私は気持ちが高まっていた。
彼女は、私と目が合うと、昔と変わらない下手くそな作り笑いを向ける。
あぁ、貴女の頼みだもの。断れるわけ無いじゃない。断れるわけ無いのよ。
知ってるくせに。
彼女はまるで羽根でも生えたかのように、軽々と空へ足を投げた。
次の瞬間、あんなに軽々としていた体はスゥと吸い込まれるように地へと向かう。
私は目を離せなかった。
あぁ、終わる。私の恋が終わってしまう。
泣きたくなった。私もあの建物へかけ登って、今すぐ追いかけようかと思った。彼女の下へ潜り込んで、一緒に死のうかとおもった。今すぐ首を掻き斬って死のうかと思った。
でも、貴女の頼みよ。
裏切れるわけないじゃない。
心臓がいよいよ破裂せんとばかりに血液を身体中に送り出す。
呼吸が早くなる。息が吸えない。
でも、目を離せない。
彼女の頼みだもの。
ベチャッ。
彼女は、体の正面から冷えたコンクリートへ衝突した。
私は、身体中が汗でビッショリな事に初めて気がついた。
途端に上がる悲鳴。集まる人々。
彼女の一番近くで私は、涙を止められなかった。
心臓がまだうるさい。
彼女のように、いっそ破裂してしまえば、きっと楽になれるのに。
彼女の心臓は張り裂けて、彼女の頬を染め、指を染め、私に温もりを与えてくれた赤い汁は、水風船でも弾けたかのように辺りに飛び散って広がっていく。
追いかけたくて、抱きしめたくて、私の涙をその柔らかい肌で拭って欲しくて、暖かいうちに、最後に触れておきたくて。
あまりにも脆く弾け飛んだ命を、最後まであまりにも美しかった彼女のことを、あまりにも簡単に潰れてしまった儚い赤い心(しん)の実を、
「あぁ、私は、こんなものが好きだったなんて!」