I am a cook.

あらすじ
「私が花嫁!?」

 貧乏村に生まれ、両親の死後は一人寂しく暮らしていた。ある日、プローリアは、後宮の料理人として面接に受かる。孤児(みなしご)でしかなかったプローリアは、こうして華やかな後宮で料理人として生きることになった。

「兄上。まさかとは存じますが、このような身分の低い者などを!」

 その日(一身上の都合により)、第1王子に逆プロポーズされてしまったプローリアは、一転 当事者に。花嫁確定……と思いきや、それをこころよく思わない周囲の者から、失脚に向けての策略が水面下で進む。
 
 これは料理コンテストによって世界を旅する、平凡でしかなかった女性が、さまざまな人の助けを借りながら、幸せになっていくシンデレラストーリー。


#創作大賞2023 #ミステリー小説部門


本編

「後宮料理人の私は、第1王子を決める花嫁パーティーの終焉で、その当事者王子から逆プロポーズされてしまった。どうしよう?!」

●月○日

この日、世界の町村に御触れが立った。

「求む 花嫁!

この度 王都コウリア国は 第一公爵 リオン王子の

花嫁を募集することとした

自薦 他薦は問わぬゆえ 

我こそはと自身に覚えのあるものは

応募されたし

コウリア国」

それは、ここ数百年で前代未聞の初めてのこと。

千差万別、十人十色。
名だたる女性たちが、名乗りを上げたことはいうまでもない。

大きく手を挙げる一人の老婆の姿。

「ワシも名乗り出るじゃ」

・・・千差万別、十人十色。

「貴女、聞いた?今度開かれるコウリア国の花嫁募集パーティー」
「ええ。聞いたわ。執事たちが、各地で開いたオーディションを勝ち進んだ、選りすぐりの女性たちをお城に招くって話ね」
「そうよ。私 応募するわ」
「そうね。貴女が応募するなら私もしようかしら」

なにやら農村で井戸端会議が繰り広げられている。

コウリア国の 公爵は、イケメンとして はなはだ有名だ。

各地でこのような話が持ち上がるのも無理はないだろう。

コウリア国は王都だ。

世界に国は数知れずあれど、王都は1つ。
その王子の嫁ともなれば、未来永劫 将来は約束される。

食べたいものも、着飾ることも思いのまま。

・・・しかし彼女たちは知らなかった。
このイケメン王子には弟がいて、女性たちを食い物にする、とんでもないケダモノだということを・・・。


「コウリア国 」。

公爵様の花嫁募集で場内はバタバタしている。

私は、調理場のcookだ。
料理長や副料理長の作る調理の補助や配膳を担当している。本当は料理の腕も一人前なのだが、それはまた別の話。

食事をパーティー会場に運んでいると、廊下の並びの部屋から、ひそひそ話が聞こえてきた。

私は耳を立てる。

「兄さん。結婚する気 ないんだろ?」
「ああ」
「かわいそうにな。会場に集まってる女たちも」
「知ったことか。両親が勝手に決めたことだ」
「傷心した女たちの心のよりどころが、この俺様ってわけだ」
「・・・勝手にしろ」
「心に決めた人でもいるのか」
「さあな・・・」
「まっ、女たちは俺様に任せろ!おこぼれにあずかるからよ」

なんですって。聞きづてなりませんわっ。
いくらイケメンだからって、わたくし許せませんわっ!!

 夜9時。

「ゴーン」

 鐘が勢いよく鳴らされた。
 夜会は終焉のフィナーレを迎えた。

 合格者は王子から直接指輪を渡されるらしい。
 しかし、そのような話は今のところない。私からしてみれば、・・・やはりっ。

 昼間の話を思い出す。
 ひょっとして、女性たち・・・。

 第2王子の魔の手に・・・!

 パーティーの後片付けをしている最中、使われていない客間から、女の子のすすりなく声が聞こえた。

 近寄ったら、女の子が泣きながら出ていった。
 奥から男の声が聞こえる。

 見れば、あの第2王子だ。
 こいつめっ!しょうこりもなく。

 目が合った。

「誰だ。お前は?」
「調理場で、cookをしております」
「そうか。丁度良い。注文があったのだ。こちらに来て、耳を貸せーい」

 私は全裸で下にシーツを羽織る第2王子に、しぶしぶ近付いた。

「見たな」
「えっ」

 私は、ぐいっと、手を引っ張られてそのままベッドに押し倒された。

「俺の悪事を知ったお前を生かしてはおけん。口封じだ」

 そう言って、第2王子は私に覆い被さった。

「いや、やめてください」
「ほう。こう見るとお前なかなかいい女だな。ヤバい、・・・くすぐる」

 第2王子は舌を出して、自分の唇を舐めた。

 私は背筋が、ゾクッと、した。

「バタン、ドカン」

 ?!

 すごい音がして、人が入ってきて、そのまま第2王子をひっぱたいた。

 私はというと、その人に抱き寄せられている。

「お前が何をしようと勝手だが、この女に手出しすることは許さん」
「ま、まさか。お兄様の心に決めた人、というのは・・・」

 第1王子が頬を赤らめた。
 そして私をそのまま、ぎゅっと、抱き締める。
 

 そ、そんな。

 後宮料理人の私は、第1王子を決める花嫁パーティーの終焉で、その当事者王子から逆プロポーズされてしまった。どうしよう?!


「はー」

みなさんお久しぶりです。実は、今日は私、ちょっとナイーブなんです。

と、いうのも、第1王子 リオン王子様が、国王様と隣国への視察。

税金徴収率が毎年90%以上。その内政のやり方を勉強しに行くんですって。次期 国王として期待されている証拠です。

そのあいだ国のことを任されているのが、第2王子「ダルス」様。

ダルス様といえば、女ぐせの悪さで有名なお方。
私も危うく貞操の危機を、リオン王子様に守っていただいたんでしたっけ。

あの日の事 思い出すだけで、ぞっと、しますわ。(お触書3 参照)

はー。あのダルス様が国を任されるだなんて。

はっきり言って、何か事件が起きそうな予感がします。

あー、早く帰ってきて。国王様。リオン様!

そうして仕事中の事です。

調理場の休憩室では、ダルス王子の事でひときわ話題が持ち上がっています。

cookが、配膳に行くと毎日、違う女性が部屋にいるらしいんです。

まったくお盛んな事。

そして、事件は起こったのです。

この日、私たちcookは、朝食の配膳を終えて、昼食の下ごしらえをしておりました。

すると、王妃様から、召集命令がかかったのです。
全ての調理場の人間は、何事かと、王の間に集まりました。

「よく聞け、お前たち」

私たちはひざまづく。

「こたび、ダルス王子がお迎えしておるゲストが朝食のスープを食べ、食中毒を起こした」
「?!」

一同がやがや。
料理長が口を開く。

「まってください。私どもの調理場に限って、そのような・・・」
「だまらっしゃい」

王妃の罵声が、部屋中にとどろいた。

「現にゲストの女性は、安静状態だ。「スープ担当」よ。これへ」

私は、王妃様の前へ行く。

「お前、名は?」
「プローリアです」
「その方、自分がいかに重大な過ちをしたか、わかっておろうな?」
「ま、まってください」
「何じゃ、料理長」
「その娘はまだ入ったばかりの新人なのです。責任は全ての責任を統べるこの私目にあります」
「第2王子のゲスト様ともなれば、万が一の場合、そなたいったいどう責任をとるつもりじゃ。すみませんでした、等という謝罪だけではすまされんぞ」
「・・・わかっております」
「どうわかっておるのじゃ?」
「この首 差し出す所存です」
「そんな、料理長ー!」

私は、声をあらげた。

「ウム。よいじゃろう。副料理長「ザバン」よ」
「はい」
「これより全指揮権をそなたに任命する」
「ハハー。ありがたき幸せ」

そして私たちはその場を退出する。
なっとくのいかない私は、ジュエッタとダルス王子の部屋へ。

床に転がった朝食をかたす。

「スープを飲んでいる最中に、食中毒を起こして、ひっくり返したのね」

ジュエッタの言葉を聞きながら、今日の献立だった「カボチャのポタージュ」をかたす。

「ありえないわ。私たちの衛生管理は完璧だった」
「そうね。でも人間だもの。何か細かな落ち度があったのよ」

転がったカボチャをつかみながら、異変に気付く。

「あれ?」
「どうしたの?プローリア」
「見て、ジュエッタ。このカボチャ、かじったあとなんてないじゃない」
「あ、ホントだ。でも、どういうこと?」
「簡単なこと。食べてもないのにひっくり返したのよ」
「どうしてそんなこと」

あのペテン師王子め!

私は、腸(はらわた)煮え繰り返る。

(続く)

ジュエッタと二人で、ダルス王子のいる客室に行く。
ノックすると、バスローブ姿で現れた。

あら、食中毒のゲストを看病するのに、バスローブ姿ですか?

「何事だ」
「ダルス王子様。食中毒の原因と思われる「カボチャのポタージュ」を清掃していたところ、肝心のカボチャは手付かずでした。食べていないことがみえみえです。本当のことを教えてください」

私は、詰め寄った。

「知らん。何の事を言っているのか私には皆目 見当もつかん」
「なぜ、こんなにひどいことを。もしかしたら料理長は今回の事で解任になってしまうかも知れないんですよ」
「そうか。それは悪いことをしたな」
「どういう意味です?」
「お前が首になれば良かったのに、よ」
「ひどい。私、王妃様に抗議します」
「勝手にしろ。cookごときの話を、母上が取り合うとでも思うのか。ま、証拠でもあれば別だがな」

クッ。その通りだった。言い返す言葉もない。

「残念だったな。いつもお前の事を助けてくれる「白馬の王子」様はここにはいない。今、この国の全権を握っているのはこの俺。わかるかっ!支配者なんだよ」
「・・・・・・」
「わかったら、早く立ち去れ。今、俺様は、見ての通り、・・・フッ。「お取り込み中」なんだよ」
「・・・はい」
「それとな。夕食の配膳は清掃し終わった俺の部屋に持って来い。プローリアお前一人で来るんだ。いいな?」
「そんな。ダルス王子様、あんまりです」
「黙ってろ、ジュエッタ。お前まで俺に逆らうのか」
「いえ。めっそうもございません」
「それにな、この女はわかってるはずだ。どうすれば、料理長が解任せずに済むのか。その方法をなっ」
「はい。かしこまりましてございます」

高笑いしながら、扉を閉められた。
悔しくて私は、大粒の涙を、ポトリポトリと流していた。

(続く)


「大丈夫?プローリア」
「うん。ダルス王子様に頼んでみる。一生懸命お願いすればきっとわかってくれるはず」
「そうよね。ダルス王子様だって人間、だもんっ」

・・・ジュエッタは知らないのだ。

この弟王子、顔はイケメンだが、女性たちを食い物にする、とんでもないケダモノだということを・・・。

私は、この日 覚悟を決めた。

(続く)

私の履歴書が、そっと机に置かれた。

「私もあなたと同じみなし児です」
「え?!そうだったんですか」
「ええ。今の地位を確立するまで、それはそれは大変苦労しました」
「そうだったんですか」
「だから貴女の苦労が人知れずわかるのです」
「そんな・・・こと」
「頑張りなさい。そして一人前となって周りの者を見返すのです」
「はい」
「陰ながら見守っていますよ」
「あの、・・・本当にありがとうございます!!」
「良いのです。良いのです」

この日、私には料理長が天使に見えた。

(続く)

・・・・・・料理長。

この身がどうなってもいい。私は、料理長を救うんだ。

私は、ダルスの部屋に夕食を配膳する。

「トントントン」
「はい」
「プローリアです。夕食をお持ちしました」
「入れ」

私は、入室する。
奥に正装の王子が立っている。

「そこに置け」
「はい」

私は、言われた通りにした。

「俺はお前に恨みを持っている」

私は、王子を見る。

「お前は、兄さんの花嫁募集パーティーにおいて俺に多大なる恥をかかせてくれた。その恨み・・・忘れはしない」
「そうだったんですか。それで今回の食中毒事件を」
「そうだ。ゲストに招いたおこぼれの女性が風邪をこじらせてな。お互い夜通し 裸だったんだ。無理もない」

そう言って笑って、服を脱ぎ始めた。
私は、驚きもせずに、ただその姿を見つめる。

「朝、起きて風邪をこじらせてる女の苦しむ姿を見て思いついたんだ。これは使えるってな」
「そうだったの」

王子は上半身 裸になった。
次にズボンに手をかけた。

「今週はお前が食事の調理場での、「スープ担当」だと聞いていたんでな。誤算だったのは料理長が、全責任をとる事になってしまった事だ。お前さえ首になれば俺はそれで良かったのによ」

そうだったのか。

・・・?!んっちょっと待てよ。私が「スープ担当」だと、部外者のアンタが何で知ってる?

「あとはお前の知っての通りさ」

ダルスがパンツ1枚になった。

私に近付いてくる。

「お前も脱げよ」

私は、ダルスを、キリッと睨み付ける。

「どうした?嫌ならいいんだぜ。俺は強制はしない」

そう言ってダルスは、席について夕食に手を伸ばす。

「ちょっと待って。わかったわ」

私は、衣服に手をかけた。
それを見て。ダルスが、笑った。

それは端から見てもわかる醜い笑いだった。

(続く)

ブラジャーとショーツ姿になった。

「ほう。こう見るとお前なかなかいい女だな。ヤバい、・・・くすぐる」

ダルスは舌を出して、自分の唇を舐めた。

私は背筋が、ゾクッと、した。

ダルスは、私の肩を抱いた。

私は、抵抗しない。

それでもまだ疑うかのように、飾ってある剣を取り、さやを抜く。

そうして私の正面に立つ。

「何するの!」
「黙ってろ」

コイツ、まさか私を殺すつもりじゃっ!

ダルスが剣を構えた。
私は、目をつぶる。

(続く)

「パシュ、スルルル」

私のブラの接合部の紐が切れた。ブラが垂れ下がったけど、かろうじて、胸部は見えない。

でもあと多分10秒で外れる。
それでも私は、微動だにしない。

「何故、そこまでする?」
「大切な人だから」

8秒

「あの料理長がか?」
「そう。私の命を救ってくれた大切な恩人だから」

6、5秒。

「そうか」
「守りたいの。今度は私が守りたいの」

4、3秒

あと3秒でブラがずり落ちる。
私の大事なところが、この男の前で露になる。

あれ、何だろう?

足が濡れて、自分が涙を流しているんだとわかった。

2秒

1秒。
あ、取れる。

「もうよい。わかった。俺の負けだ」

王子がタオルケットを私に投げた。

「すまなかった。この通りだ。許してほしい」
「なんで?」
「俺と兄さんは、異父兄妹なんだ。だから実はそんなに仲は良くない」
「そうだったの」
「お前と兄さんが。そして今、お前と料理長との固い絆が心底羨ましい」
「そんなこと」
「いや・・・正直憧れる」
「ありがとう」
「いや、礼を言わなきゃいけないのは俺の方さ。気付かせてくれた。何が大切なのかということを。ありがとう。それに・・・」
「何?」
「早く服を着てほしい。さすがの俺もこのままだとヤバい!」

・・・えっ、

・・・・あ、

っやだっっ、

もうっっ!!

私は、急いで服を着てその場から立ち去ったことはいうまでもない。


今日は久々のお休みです。
天気が良いので、お弁当を持って、裏山までハイキン
グ。
そこでわたくし、とんでもない植物を発見してしまいましたの。

「なんですの?!これはいったい」

その見たこともない得体の知れない植物を持って、私は、お城へと、そそくらさっさ、スタコラ サッサと戻りました。

博識なお爺ちゃん「ストワリー」。お城の一室に引き込もって、むずかしそうな書物に囲まれて、眉間にシワをいっぱい寄せて、研究に没頭しているんです。

さっそく私は、ストワリーに謎の植物を見せました。
「ム、ムム。こ、これは?!」
ストワリーはむずかしい顔を上げて、メガネをずりあげ、私を見ます。
「どうなんでしょう」
「お主。すばらしい発見ものじゃぞ」
「そうなんですか」
「ああ。これは、『ブロッコリーのスプラウト』といってな。新芽なんじゃよ」
「そうだったんですか」
「これには、「スルフォラファン」」が含有されておってな。解毒作用がある」
「そんなすばらしいものだったんですね」

私は、お得意顔になった。

寮に帰って、「ソシア」と夕食を食べる。11歳の育ち盛りだ。血は繋がっていないけど、私にとって弟みたいな存在なの。ソシアは孤児(みなしご)だ。この王都にはそういった子どもたちがたくさんいる。
ソシアは、面接に来た時、王都のあまりの広さに、右往左往していたところを助けてくれた。方向オンチな私にとって、まさに神!
そんな縁があって、たまにこうして食事を一緒にする。ほんとは毎日してあげたいのだけれど、寮の規則で、同居人は認められていないんです。ちなみに門限もあります。厳しいけれど、お世話になっている身ですもの。わがままばかり言ってられません。

ある日の事。

いつも通勤途中の中央広場で見かけるソシアの姿がないものだから、私は、テンパった。
近くの子どもたちに聞いたら、苦しんで寝込んでいるという 。
町外れの使われていない廃屋に向かう。
ソシアは今にも死にそうに苦しんでいた。急いで医者を呼んだ。
「わからん。お手上げじゃ」
「そんな、なんとかしてください。大事な弟なんです」
「原因がわかれば解決する手段はある」
わかりましたわ。ソシアの苦しむ原因。このわたくしが解決いたしますわ。

再び広場に行き、子どもたちに昨日のソシアの行動を聞いた。
「裏山に食料を探しに行ってたよ」
「36分割地の2番地の辺りって言ってた」
裏山の2番地に行くと、たくさんのキノコが生っている。
そうか。ソシアはこれを食べたのか。
城に行き、ストワリーに見せる。
「毒キノコじゃ」
「それを食べたの。どうすれば?」
「・・・解毒薬が必要じゃ」
そうだ。
私は、思いつく。

ソシアにスープを飲ませた。次第に顔色も良くなっていく。
「もう、大丈夫じゃ。安心せい」
医者が言う。

よし!謎は全て解決。

今日の献立
「ブロッコリーのスプラウト入りスープ」
歯ごたえと食感がたまらなくよくて、何よりビタミンC豊富でお肌にとってもいいんです!解毒作用もあり。
他にお勧めの食し方は、「サンドウイッチ」、「サラダ」。


みなさん。こんにちわ。お久しぶりです。突然ですけど、私、気になる事があるんです。


・・・・・・料理長。

この身がどうなってもいい。私は、料理長を救うんだ。

私は、ダルスの部屋に夕食を配膳する。

「トントントン」
「はい」
「プローリアです。夕食をお持ちしました」
「入れ」

私は、入室する。
奥に正装の王子が立っている。

「そこに置け」
「はい」

私は、言われた通りにした。

「俺はお前に恨みを持っている」

私は、王子を見る。

「お前は、兄さんの花嫁募集パーティーにおいて俺に多大なる恥をかかせてくれた。その恨み・・・忘れはしない」
「そうだったんですか。それで今回の食中毒事件を」
「そうだ。ゲストに招いたおこぼれの女性が風邪をこじらせてな。お互い夜通し 裸だったんだ。無理もない」

そう言って笑って、服を脱ぎ始めた。
私は、驚きもせずに、ただその姿を見つめる。

「朝、起きて風邪をこじらせてる女の苦しむ姿を見て思いついたんだ。これは使えるってな」
「そうだったの」

王子は上半身 裸になった。
次にズボンに手をかけた。

「今週はお前が食事の調理場での、「スープ担当」だと聞いていたんでな。誤算だったのは料理長が、全責任をとる事になってしまった事だ。お前さえ首になれば俺はそれで良かったのによ」

そうだったのか。

・・・?!んっちょっと待てよ。私が「スープ担当」だと、部外者のアンタが何で知ってる?

「あとはお前の知っての通りさ」

ダルスがパンツ1枚になった。

私に近付いてくる。

「お前も脱げよ」

私は、ダルスを、キリッと睨み付ける。

「どうした?嫌ならいいんだぜ。俺は強制はしない」

そう言ってダルスは、席について夕食に手を伸ばす。

「ちょっと待って。わかったわ」

私は、衣服に手をかけた。
それを見て。ダルスが、笑った。

それは端から見てもわかる醜い笑いだった。

※(絶対絶命?!恋のトライアングル 参照)

 そう、私の半裸……じゃなくて、ダルスの言葉。
「今週はお前が食事の調理場での、『スープ担当』だと聞いたんでな。誤算だったのは料理長が、全責任をとる事になってしまった事だ。お前さえ首になれば俺はそれで良かったのによ」
……?!んっちょっと待てよ。私が、「スープ担当」だと、部外者のアンタが何で知ってる?
 気になる。
 あっ、ひょっとして皆さんも気になっていましたか?
 決して私の半裸のお話ではありません。あーそれにしても危なかったーあの時(恥+汗)。
かしこ。


「友だちプレート」

(1)
 みなさんお久しぶりです。私、ただいまソシアと夕食中ですの。献立は、「友だちプレート」。
 ソシアったら私なんかに目もくれずおいしそうにがっつくように食べていますわ。フフ。お子ちゃまですこと。
「なに?プローリア姉ちゃん。僕の顔になんかついてるかい?」
「ううん」
 怪訝な顔をして、ソシアは再び料理にがっつく。かわいいと思う。まだ11歳なんだものね。これからの成長が愉しみ。
「すくすく育つんだぞ」
 そんな風にまるで母親のような気持ちになって、「友だちプレート」を私も食べ始めたら、
「でもこの料理。なんで『友だちプレート』っていうの?」
 突然ソシアが素知らぬ顔でそう訊いた。
「そうそれはね……」
 私は遠い記憶の中の思い出をほじくりだした。





「これからよろしくね。プローリア」
「うん。ジュエッタ」



 ジュエッタと初めて会話したときの事を思い出してしまった。
 あれは、確か私が、まだcookになりたての頃の初日の話……。

(2)
―コウリア国城内。厨房。
「はい。調理終了。1時間半の休憩に入るわよ」
 料理長プルタの罵声が飛んだ。この人がいるからこの調理場は引き締まる。皆それがわかっているからついてくる。
「今日のまかない担当はジュエッタだったね。それじゃ任せたよ」
「・・・・・・はい」
 なんとも頼りないジュエッタの返事が聞こえた。大丈夫でしょうか?私は新人なりに心配をした。
 この調理場で働くものの食事は、まかないと呼ばれ、王子様たちの食事を作ったあとに残った材料で、cookたちの食事を作るしきたりとなっている。それは古くからこの調理場で伝わる暗黙のルールらしい。

「決して城内の人たちの同じものを食すことなかれ」

 そんな格言が、調理場の目立つところに飾ってある。私だっていずれその担当になるのだ。そう考えると冷や汗がしたたり落ちる。ひえー。
 皆が休憩室へと足早に去っていく中取り残されるジュエッタ。
「がんばれ。ジュエッタ!」
 そう私は胸の中で応援する。

(3)
「どうしよう」
 ジュエッタはあまった材料を台所に並べ悪戦苦闘している。「これじゃ、ハンバーグも作れないし、親子プレートも作れないし、ミルフィーユも作れないし、……うえーん。サラダしかできないよ」と、ひとりごとを言っている。
 まるで他人事に思えない私は、「どれどれ」とジュエッタに近付いた。
 確かに豊富な野菜はある。たまねぎ・ほうれん草・セロリ・パプリカ。そして卵に、豚肉。確かにこれでは、ジュエッタの言うとおり、ハンバーグも親子プレートも作れない。でも、
「ジュエッタさん」
「あなたは?!今日から入ってきた新人じゃない。なんなの。困ってる先輩の泣き顔を見て愉しみたいの?」
 このひねくれ者。なんでそうなるのよ。
「そうそう。……あっ違います。あの、発想の転換ですよ。『親子プレート』じゃなきゃいけないって誰が決めたんですか?」
「えっ?それってどういうこと」
「だからこれをこうして、と。ほら、こうすればいいんです」

(4)
 そうして、休憩室で提供されたまかないは大好評で、ジュエッタはcookたちから絶賛の嵐を受けた。
 昼食後。一足早く先輩たちは調理場に戻る。私とジュエッタは、二人、休憩室に残る。調理時間の時間差がある。
「あのね、改めてありがとう。あなたのおかげで助かったわ」
「いいえ。よく言うじゃない。困ったときはお互い様ってね!」
「私、ジュエッタ」
「プローリアよ。よろしくね。ジュエッタさん」
「ジュエッタでいいわ」
「そんな先輩に対して……」
「何言ってるのよ。私がここに来たのは1週間前よ。あなたと大して変わらないじゃない」
「あ、そうなんだ」
「プローリアは年、いくつ?」
「16歳」
「あら。うれしい。私と同じじゃない」
「あ、そうなんだね。私もうれしい」
「これからよろしくね。プローリア」
「うん。ジュエッタ」
 こうして私たちは、友だちとなった。

「そういえば、料理の名前まだ決めてなかったね」
 ジュエッタが、「本日のまかない献立表」に記載しながらその手を止めた。
「名前なんてないよ。とっさに思いついたんだもん」
「じゃあ、こうしない」
「なーに?」
「『友だちプレート』。あなたと私の大切な記念日のはなむけに」
 ジュエッタがほくそ笑んだ。それを見て私もほくそ笑んだ。

(5)
「……へーえ。そんなことがあったんだ」
 ソシアが、「友だちプレート」の最後の一口をフォークで刺して口に入れる。それは豚肉。
 私が、「友だちプレート」の最後の一口をスプーンですくって口に入れる。それは卵。そう私が、ジュエッタに教えた料理は豚肉を炒めてからボイルして卵でとじたもの。誰も鶏肉と卵の、親子コンビじゃないと駄目だなんて決めていない。発想の転換。
「そうよ。いい話だろ。ソシア」
「うん。なんだか泣けてきた」
と、言ってソシアは目頭に手を当てた。でも唇はゆがんでいる。
「こら。嘘泣きやめろ。悪ガキめ!」
 私は、スプーンの取っ手をソシアのおでこへ小突いた。
「ごめんよ。もうしないから許して」
 あやまるソシアを見て私は笑った。


「ふー」
 この日、プルタから呼び出しを受けたプローリアは、ドアの前で一つため息をついた。
(考えていてもしかたない。行くっきゃないっつうの!)
 プローリアは重い腰を上げた。

「どうぞ。入りなさい」
 ノックをしたらすぐに答えが返ってきた。
「失礼します」
 部屋に入ると、料理長が、暖炉の前の腰掛イスに座っていた。目の前には、テーブルがある。年季を感じた。
「そこに座りなさい」
 私は、言われるがまま、テーブルの前にイスを引いて腰掛けた。
「どうです。仕事には慣れましたか」
 どう答えていいかわからず私は、生返事を返す。
「はい」
「それは結構なことです」
「プローリア。あなた、この城の調理場に来て何年になります?」
「…ちょうど一年かと」
「そうですか。もうそれくらい経ちますか」
 料理長は、席を立ち、キッチンでお茶を入れる準備を始めた。
 私はその後ろ姿を確認すると、テーブルの前に置かれたそれを目にする。……なんと私の履歴書である。恥ずかしむようにその志望動機欄を見る。

「私はcookとしてこのコウリア王国の調理場に入った暁には、一生懸命料理の技術を習得して、世界に誇れるcookになりたい」

 私は自分で書いたことなのに赤面してしまった。そのとき、料理長がお茶を持って戻ってきた。紅茶だった。
「いただきます」
「プローリア。私は引退を考えています」
 出された紅茶がまずくなるような言葉に私は思わず口の中に入れたものを吐き出しそうになった。
「そ、そんな」
「既存のアイディアだけではこれからの未来には対応できないでしょう。私にはもはや発想力が生まれません。そして後継者は、ザバンではありません」
「信じられません。私は副料理長だと思っていました」
「その器ではないのです。……プローリア。ここに白身魚が手に入りました。あなたならどう調理します?」
「そうですね。私なら……グリルしてカレーソースを添えて提供してみるのもおもしろいかと」
「そうです。まさにその発想力でありアイディアです。副料理長を含め、既存のcookたちは口をそろえてムニエルを作るでしょう」
「恐縮です」
「ただ、あなたと同じような新しい発想をしていく者がもう一人います」
「それはいったい?」
「ジュエッタです」
「……ジュエッタが?」
「そう。私はあなたかジュエッタを、次の後継者にと考えています」
「……」
「言葉が出ませんか?そうでしょうね。突然こんなことを言われてもね。気持ちはわかります」
「だったらまだ続けてください。ジュエッタだってそう言うはずです」
「いいえ。彼女……ジュエッタは少なくともあなたとは違いましたよ」
「えっ」
「実は彼女にもここに来てもらい今と同じ話をしました」
「それでジュエッタは?」
「あなたと刺し違えてでも料理長の座を奪う覚悟でした」
「そんな……ジュエッタが」
「野心です。彼女にはそれがあります。あなたにはないものです。そしてプローリア」
「はい」
「あなたはやさしすぎます」
「私が、やさしすぎる?」
「そう。この話をした時点であなたは、私に続けてくださいと留保したり、そして、争わずしてジュエッタに譲ろうとしているあなたが、今私の目の前にいます」
「それは……」
「図星でしょう?」
「……はい」
 私は、自身の胸に手を当ててそう答えた。
「そのやさしさが命取りとなり、自身の身を滅ぼすのです」
「……」
「いいですか?調理場は戦場です。友情などというきれいごとでは、生きていけませんよ」
「それでも私はジュエッタとの友情を大事にしたいのです」
「好きになさい。二ヶ月後に王都コウリア国主催で、全cookを対象とした料理コンテストが開かれます。コンテストと謳(うた)っておりますが、王や王妃は、次期王候補であるリオン王子様やダルス王子様の、専属料理長候補を見越してのことだと察しはつくでしょう」
「はい」
 それくらいは私にも想像はできた。
「審査員には、他国に嫁いだ姉の『エメラルダ』様もこのコンテストのために帰国されます」
「そうなんですか」
 もちろんお会いしたことも見たこともない。それは美しいと評判のお方だ。
「これがどういう意味かわかりますか?」
「いいえ」
「優勝すれば、ほぼ新料理長候補確定ということです」
「そんな。まさか。たかが料理コンテストごときで」
「エメラルダ様は、美食家で有名なお方です。それは、はるか彼の地のジパングまで、目当ての食べ物があれば行ってしまわれるくらいの。その普段めったに帰国などされない方がわざわざ審査員をされるのです。どう考えても他意はあるでしょう?」
「……そうかもしれません」
「あなたも友情や愛情を大事にするのは構いませんが自らの足をすくわれてしまわぬよう、せいぜい精進することです」
「はい。……よくわかりました」
 愛情?!とはなにか。解せぬが言葉には出さないようにした。


 仕事から帰ったら、ソシアが顔と足から出血していて急いで病院に連れてった。
 聞けばサッカーの練習試合でボールがラインを越えた越えないでケンカになったらしい。白熱するのは構わないけど、お痛はほどほどにね、ソシア。 
 診察室から出て歩いていたら、廊下でジュエッタを見かけた。女の子といた。声をかける。
「ジュエッタ」
「……プローリア。あんたなんでここに?」
 料理コンテストが決まってから、ジュエッタの態度がなんだかそっけない。しかたないといえばしかたないのかもしれないが、なんだか寂しい。
「ソシアが怪我をしたの、それで。ジュエッタはどうして病院に?」
 そのとき隣りにいた女の子がしゃべった。
「私、『マロエル』。6歳なの。みんなジュエッタお姉ちゃんのお友だち」
「そうよ。マロエルちゃん。よろしくね」
「うん」
 そういってマロエルは、ニコリとほほえんだ。今の二人にとってこの天使のほほえみは、救いに思えた。

 廊下を曲がったら、老夫婦の会話が聞こえた。
「おい。聞いたか。あのマロエルって子。難病らしいな」
「ええ。神様はむごいことをなさる。私ら老人を生かして」
「なんでも莫大な治療費がかかるらしい」
「聞けば両親はいないそうじゃないか。……むごいね」
 私はソシアの手を引っ張ってそそくさとその場を去った。去りながら、やはり新料理長の座はジュエッタにゆずろうと、そう心に誓った。

 先に帰るというソシアを見送って、病院の中庭に来た。ベンチに座ろうとしたら、先客がいた。ジュエッタだった。
 すぐに行けばいいのに先程のこともあって私は様子をうかがった。
 ―子どもが遊んだボールが、ジュエッタの前に転がってきた。
「お姉ちゃん!ごめんね~。拾って」
 一瞬ジュエッタの動きに躊躇(ちゅうちょ)したように見えた。そんな……。ジュエッタあなた心まで変わってしまったの?!
「はい、いくよー」
 ジュエッタがボールをほうり投げた。
「ありがとー」
 ジュエッタが笑った。
「よかった。変わってない。いつものジュエッタだ」
 私はジュエッタの横に座った。
「プローリア。あんたまだ帰ってなかったの?」
「うん。少し風にあたりたくて」
「……」「……」
 同時に沈黙が流れた。ここしばらくめずらしい。それは料理コンテストが決まる前までは。
「私、ゆずらないから」
 ジュエッタからだった。
「えっ」
「とぼけないで」
 ああ。料理長の座か。このとき私はそう思った。
「ああ。そのこと」
「なに。そんな程度なの。あなたにとって」
「そうじゃないけどどうでもいい」
「えっ」
「そうじゃないけどどうでもよくないこともある」
「なによ。それ」
「私決めたわ。あなたがそういう態度なら私も本気で望むわ。手加減しない」
「望むところよ」
「もう私たちあの頃に戻れないんだね」
「そうね」
 伸ばした手をはじかれた。もう本当にあの頃には戻れない。ジュエッタが立った。
「あー、すっきりした。宣戦布告ってしてみるものね。心の中に閉じ込めててもどうしようもないみたい」
「私もよ」
「楽しみにしてるわ。ぶざまな姿だけはさらさないでよね」
「それ誰に言ってるの?私にだったらお門違いよ」
「相手がプローリア。あんたじゃなかったら、とっくに譲ってるわ」
「私もよ」
「でも私も大好きなの。彼のこと。ダルスが」
「えっ?!ちょっとまって。いったい何のこと?」
 ジュエッタが笑って去った。その笑いはあの、いつもの笑いではなかった。


 人だかりを前に私は驚く。もちろん全員参加者ではないだろう。男性の姿もあるし、女性の中にだって家族や関係者。……それに野次馬だっているだろう。

 兵士の鳴らす鐘がなった。一同注目する。

「只今より、料理コンテストの課題を発表する」

 触れ書きが立った。再び一同、注目する。



「卵」



とあった。 

「これは幅広いな」「卵といえば定番料理に絞られる」「いや、そうとも限らないぞ。洋菓子だってできる」「発想の転換でそのまま生でという手も」

 いろんな声がいっせいにした。そんな中、私は心に決める。

(やっぱあれっきゃない!)



 それからというもの、私は家に帰ればオムライス作りに試行錯誤しこうさくごした。

「おいしい」

と、言って食べていたソシア。

「おいしい」

 三日目。

「・おいしい」

 七日目。

「…おいしい」

 八日目。

「……」

 九日目。

 ついに来なくなった。

 そして私は、「やはり」と思い至る。足りない。そう。それはソース。母のあのソース。

 母のレシピをその手に取った。感慨にひたる。

 最初にぱらぱらっと最後のページまで開いてから、また最初のページに戻る。

 1枚1枚ページをめくる。母の手書き。母の字。まるで授業のノートをとるように、イラストと料理の手順と解説がある。ところどころ、注意事項※印があって、

「ここを茹ゆですぎると味が台無しになってしまう」とか。

「ここでこの調味料を入れる。このタイミングを間違えると、味が変わるから、絶対に間違えないように」とか。

 料理の数。それは考えている以上にいろいろあった。

 サムゲタン、カクテキ、キムチ、スープ、カレー、茶、鍋、粥、卵焼き、ジャム、ゼリー……最初の目次で、それぞれ種類分けしてあり、焼き、煮物、鍋、発酵、デザート、飲料、デザート、et ceteraえとせとらとある。

 その数、165品。そして、驚いたことに目的の場所にいつでも辿り着けるように、下部にページ番号がふってあった。嬉しいし、ほんと、母らしいと思うとともに、これだったら本として出版されたらきっと幅広い世代に愛されたのだろうな、とさえ考える。

 ……いや、でも、と自分のあさはかな考えを消し去るかのように首を左右に振る。そうじゃない。そんなことはしない。少なくとも母は、そんなことを求めてはいない。これだけの内容だもの。しようとすればできたはず。

 でもそうしなかったのは、やはり、秘伝なのだからなのだろう、とプローリアは考えを改めた。

 私に伝えたかったのだ。私に受け継いでほしかったのだ。

 母の意志をそまつにはできない。そしてそれは母の生きてきた財産なのだとプローリアは感じる。

 このレシピに書かれている文章がまるで手紙のように私に伝えられている、語りかけている、

と、プローリアは錯覚を感じてしまう。そう感じて思う。これは手紙ではない。レシピなのだ。

 そうしてめくっていくと、オムライスのページになる。

(あった。おかあさんの味。あのオムライスだ)



プローリアがもっと大きくなったら、教えてあげてもいいかな。


 あのときの母の言葉がプローリアの耳に懐かしい匂いとともに入ってくる。

「プローリア。おいしい?」

「うん」

「そうよかった」

「おかあさん。このソースおいしいね。友だちに話したらね、まーくん家は、ケチャップなんだって。家は特別なんだね」

「そう。私が編み出した特製ソースなの。プローリアがもっと大きくなったら、教えてあげてもいいかな」

「ほんと?おかあさん、約束、ぜったい約束だからね」

「はいはい。残さず全部食べるのよ」

「はーい」


 おかあさん。私は今ようやくあなたが編み出したオムライスのソースを教えてもらうことができます。

 プローリアは、レシピを胸で、ギュッと抱き締めた。


「最後の聖戦」

(1)

 審査員は、国王・王妃・リオン王子・料理長プルタ。特別審査員エメラルダ食医 欠席のため特別審査員 伝説のcookトワカ。

 また、出席予定であったダルス第2王子と副料理長ザバンは、それぞれ諸事情により欠席。変わりに、執事クロロ。コウリア国 医師ハイラ。

 以上の7名である。

 執事クロロが司会を務める。演台に立つ。

「ではこれより、次期料理長候補をかけた料理コンテストを開幕する。ここにおられるは栄はえある一次審査と二次審査を勝ちすんだ精鋭せいえいたちである。両者こちらへ」

 プローリア、ジュエッタが、クロロの横にそれぞれ立つ。

「決勝戦の課題は通知の通り今までと同じく『卵』である。卵が使われいる料理であれば、どんな料理でも何品作ってもよいものとする。制限時間は1時間30分。双方 準備はよろしいか?」

 プローリアとジュエッタが向かい合った。先に手を出したのはプローリアだった。ジュエッタの目を見た。その表情に昔のような表情はない。そして少しして、ジュエッタがその手をはたいた。プローリアが笑った。それを見てジュエッタも笑った。でも、やっぱりその笑いはあの、いつもの笑いではなかった。

「言ったでしょ。本気で望むわ。手加減しない」

「そうね。でも正々堂々勝負しましょう」

「望むところよ」

「では……始め!」

 クロロが手を勢いよくあげると、演台の横にあった大きな釜のような鐘が、ゴーンと大きく鳴った。

 プローリアとジュエッタは演台を下り、それぞれに用意された調理場へと足早に進む。

(2)

 そして1時間30分後。

「それまでー。手を止めーい」

 再び鐘がなった。二人のcookの手が止まる。そして審査員7人と観客からいっせいに拍手が巻き起こる。



 ジュエッタの料理。

『白きくらげと車海老の牛乳ホワイトシチュー』

『イカチャーハン』

『菜の花キッシュ』

『黒ゴマのエッグタルト』


 プローリアの料理。

『白髪葱しらがねぎと手羽先の赤味噌煮』

『ピンクグレープフルーツとマンゴーのサラダ』

『秘伝ソースのオムライス』

『トマトのタルト』


「ふむ」「おー」「これは」「なんと」「うむ」「見たことがない」「素晴らしい」

といった、審査員7人それぞれの感嘆かんたんの声があがる。その中でもトワカの感動は、なみなみならぬものがあった。

 奇くしくもデザートはかぶる。それはプローリア。ジュエッタそれぞれのcookとしての象徴の現れとも言い換えることができる。

 まずは先手ジュエッタが料理を、ひとつひとつ指差し説明した。

「白きくらげは、卵をといた小麦粉であえ揚げました。西洋料理のホワイトシューと組み合わせて、さらに牛乳を入れることで、車海老の臭みをとり、全体の味をまろやかにしました。

 中華料理の定番チャーハンでは、先の車海老の味の余韻を楽しんでいただくために、イカを入れました。イカは水分が多いため、チャーハンにはあわないと敬遠されがちです。しかし私はそのイカから溢れる水分をスープとして利用することを思いつきました。どうぞチャーハンとイカスープを交互に楽しんでいただければ、これ幸いです。

 西洋料理キッシュの上に、菜の花とパプリカのサラダを上にのせて栄養たっぷり。歯ごたえとボリューム感たっぷりに仕上げました。

 デザートは、タルトです。西洋では伝統的なお菓子です。今回課題が『卵』でしたので、あえてりんごを使わず、素材の味そのものを楽しんでいただくことにしました。そして生薬の黒ごまをふりかけることで味にアクセントをいれました。

 これぞ私の考える薬膳料理 和洋折衷です」

 次にプローリアが料理を、ひとつひとつ指差し説明した。

「これが私の考え出した『薬膳料理』です……。

 煮込み料理は生薬と食材の効能を引き出すにはうってつけの料理です。今回のテーマは卵ですので、手羽先を煮込む前にたっぷりの卵のとき汁と小麦粉をまぶし、醤油しょうゆ主体のソースで照り焼きにしました。白味噌ではなく赤味噌を使うことで、照り焼きについている醤油の味が引き立ちます。また白髪葱にすることで、手羽先の主張をそこなうことなく、それぞれの味を引き立て、一緒に食べれば調和されて今まで見たことのない独創的な味を体験することになるでしょう。

 パプリカ、レタス、キャベツ、レモンを混ぜ、そこにオリーブオイルと塩・胡椒こしょうをあえてあっさりしたドレッシングにしました。そうすることで、ピンクグレープフルーツとマンゴーの果実の味わいが、よりいっそう際立つからです。この二つのフルーツはそれぞれビタミンCが豊富で肌の乾燥予防になるとともに、過剰な塩分摂取の抑制作用も兼ね備えたフルーツの王様ともいえる存在です。せっかくの素材をもっと料理の中で有効活用できないかと思い、サラダにあわせることを思いつきました。食べてみるとわかると思います。決して不自然ではないことに。それよりも、自然とサラダとして成立していることに。それは果実から溢れ出す酸味と甘みがサラダに適しているからといえます。 

 サラダといえば、野菜を使うことが定番であり、セオリーです。それが昔からある歴史だからです。しかし、その固定観念を覆くつがえしてこそ、真しんの薬膳料理が生まれるのだと私は信じてやみません。

 タルトはフルーツを使うのが常つねですが、私の今回の献立にフルーツを使った料理があり、味が重複し、バランスが悪いです。そこでタルトにトマトを入れました。タルトの甘みと酸味の醸かもし出す絶妙なハーモニーをどうぞご堪能たんのうくださいませ」

 納得し頷きながら審査員たちは、目の前の料理をゆっくりと味わうように噛み締めるようにやはり納得するように、食す。その手は止まることはない。



(3)

「今日は疲れをとり、頭の中をリフレッシュさせることに、おもきをおきました」

 ジュエッタだった。

「なるほど」

 クロロが納得をする。

「ええ。例えばキッシュの中に擦すり込こませている鶏肉には、お腹をあたため、気と精を補おぎなう役割が。白きくらげには、肺と渇きをうるおし、陰を補うという具合です」

「あっぱれじゃ」

 クロロが今度は感嘆の声をあげる。王が言った。

「プローリアよ。このオムライスの上にかかっている黒褐色くろかっしょくのソースは何じゃ?」

「はい。デミグラスソースと申します」

「デミグラスソースとな」

「はい。通常このソースはステーキやハンバーグ。または、ビーフシチューやハヤシライスに使われるものです。それをオムライスにあうように香辛料や調味料の配合を変えてアレンジしました」

「……なるほど。ようわかった」

 そう言う王の顔に何故なぜか感傷の色が浮かぶ。さらに審査員のひとり、王妃が言う。

「プローリアの料理に質問じゃ」

「はい。なんでしょう。なんなりとお申し付けくださいませ」

「そなたの料理の卵。何か根本的に違うような。もちろん料理はうまいのじゃが、卵そのものに、普段食べたことのないまろやかさと深みを感じる」

「そう言われてみれば確かに……」

「うむ。素材そのものから感じる味がひと味ちがう。なんじゃろうか」

 クロロが言って、ハイラが続く。

「どういうことだ。答えてみよ。プローリア」

 再び王妃が口を開く。

「野生の鳥骨鶏うこっけいです」

「野生の鳥骨鶏とな」

「はい。私は古里に帰る旅の中で出会いました。その野生の鳥骨鶏の卵の無精卵を使っております」

「野生の鳥骨鶏といえば、その生存場所は不明。それに見つけたとしても、その卵を採取するのは至難の業わざと聞く。プローリア。そなたいったいどうやって?」

「……それは、その、……たまたまでございます」

 まさか動物と話せる能力があるのだとは口が裂けても言えない。

「まあよい。それにしても、なるほどのう。通りで……何か違うはずじゃ」

「はい。恐れ入ります」

 ジュエッタがそれを聞いて悔しそうにしている。

 そしてひとり。オムライスを食べて涙を流すものの姿があった。他でもないコウリア国 国王であった。

 そしてもうひとり。トワカは、ジュエッタの料理に、『和洋折衷』を垣間見る。

「トワカ師匠」

 エメラルダの声が入ってきてその姿が脳裏に浮かんだ。

「西洋料理と薬膳料理の融合です。これぞ私の目指す新境地『和洋折衷薬膳』です」

 そういって満面の笑顔を見せている。

(そうか。ここにエメラルダの意思を引き継ぐものがいる)

 そう思ってトワカは、一筋の光を垣間見かいまみ、目頭めがしらに熱くなるものを感じた。


 


 



(4)

 審査員の中で審査は難航していた。すでに30分以上経過。「プローリア」「いや、ジュエッタ」「プローリアに1票」「いやジュエッタに1票」「両者」「両者」「両者」。それでは、10分経ちましたのでもう一度伺います。「プローリア」「いや、ジュエッタ」「プローリアに1票」「いやジュエッタに1票」「両者」「両者」「両者」。計4回。堂々巡りである。

「あのー」

「なんじゃ、プローリア」

 司会のクロロが訝いぶかる。

「ちょっと時間が余ったので私、また料理をもう1品作っちゃいました。

「なんと。もう1品作ったというのか!」

「はい。皆さん。よかったらどうぞ。少し休憩されてお口直しにどうぞ召し上がれ!」

「審査には一切関係しないぞ」

 トワカが口を大にして言った。難しい立場ゆえにしっかりと意思を表明しておかなければならない。

「はい。わかっておりますとも」

 プローリアは、ニコリと笑った。それを見てジュエッタはあきれた。


(5)

「ごちそうさま」

 リオンが言って、審査員の殺伐した空気が和なごんだ。料理ひとつでこのようになるのだから、料理の力とはなんと素晴らしいものぞよ、リオンは思う。

 それを見てプローリアが口を開いた。

「この料理は、昔、私の友だちがまかない料理を作るにあたって、悩んでいたときに、作った料理です」

「まかないとはなんじゃ?」

 王が質問をした。それは王にとって初めて聞く言葉であったから。

「はい。私たち、王国のcookは、自分たちの食事を、余った食材で作ります。例えば、その日 献上けんじょうする昼食を作り終え、cookは休憩に入ります。まかない担当はそのまま料理を作る作業に入る、といった具合です」

「うむ。それで?」

「はい。今 王に召し上がった料理はある日、友だちが、まかない担当になり、困っておりました。ここにある残された材料では、思うようなものが作れない。いったいどうしたらいいのか、と。

 私はそれを見て、固定観念にとらわれず、自分の感性で料理を作るように諭さとしました。大事なのは、食べてもらう人が、『おいしい』と思うことと、『お腹いっぱい』になってもらうことだと思うからです」

「ほう。おもしろい」

 王は興味津々な顔をした。他の審査員も話しに聞き入る。

「私はその友だちにアドバイスをして、一緒に料理を作りました。それが、王たちに食べていただいた料理なのです」

「うむ。よーうわかったわ。それで余が食べたこの料理、名はなんという?」

「はい。……『友だちプレート』そう私は命名しました」

「『友だちプレート』ととな。面白い名じゃ。なぜそう名づけた」

「はい。この料理がきっかけで、その子と友だちになれたからです」

 それを聞いて観客から拍手が、ぽつりぽつりと、起こって次第に大きくなって、さらに大きくなって、盛大な拍手となった。審査員も気付けば、一緒に拍手していた。

 そして当のジュエッタは涙を流していた。



「伝承。未来へ」

 二日前に行われた料理コンテストは勝負は引き分け。

 ここは王国の調理場。今、プローリアとジュエッタはまかないを作り終えて、一息ついていた。久し振りの二人でいる調理場。久し振りの二人でする共同作業だった。どちらともなく目があって、照れるわけでもなしに、笑いあった。話しかけるのはどちらからでもよかった。

「プローリア」

「なに。ジュエッタ」

「私、あなたにあやまらなければならないことがあるの」

「だから、なによ」

「ダルスに、あなたが『スープ担当』だと教えたのは私なの(注1)」

「…そう、……だったんだ」

 プローリアには、もちろん正直 驚きもあったがその理由も同じくらい気になった。

「ごめんなさい。ほんとうにごめんなさい」

「ダルスのことが好きで、好きで好きでたまらなくて私、あいつの言いなりになってたの。でももう目が覚めた」

 プローリアは、ジュエッタに近付いて、ビンタした。「バチンッ」ほどよい音が周囲にこだました。

「あー、すっきりした。はいこれでもうおしまい。全部忘れたよ」

「いいの?私、プローリアにひどいことしたんだよ」

「大丈夫。一線は越えてないから。……それに」

「それに?」

「ジュエッタが大事だから。大事にしたいの。あなたとの友情」

「ありがとう」

 プローリアとジュエッタはハグした。それはなんとも長い時間。


(完)


※注1 『絶体絶命?!恋のトライアングル』参照




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