#5_イソップ童話「うさぎと亀」の再解釈

こんにちは。
#4で書いたことからいきなり逸れるというのが僕のスタイルです。

最近は論文投稿のための実験などで忙しく、自分の時間というものをはっきりととることがあまりできていませんでした。

その中で、幸いにも年末年始の休みを取ることができ、あまりドラマを見るようなタイプではないのですが、昔とても良いドラマだったと記憶していた「僕らは奇跡で出来ている」というドラマがtverで見放題になっていたので見返していました。

もし観たことがない方がいたらとてももったいないと思いますので、ぜひ観てみてください。

今回はこのドラマの中で話されていたイソップ童話のうさぎと亀のお話が、すごく印象的でしたのでここに残しておきます。

多くの人が認識しているうさぎと亀のお話というのは、コツコツ頑張る亀が余裕を持って寝ていたうさぎを最終的に追い越してゴールするというお話だと思います。
油断大敵、真面目でコツコツ頑張ることの美徳を謳ってるようなお話というイメージです。
僕もこのイメージがとても強かったです。

ただ、ドラマの中でこのイソップ童話の謎が語られていました。

なぜ、真面目な亀は道端で寝ているうさぎを起こさなかったのか?

皆さんはどう思いますか?安直に考えれば、亀はうさぎを出し抜きたかったからでしょうか?

僕はこのドラマで語られていたことにとても強い感銘を受けました。その内容というのが、以下です。

うさぎ
全ての行動が他人を見下すための行動
自分の凄さを認めさせたい(自分に自信がないから)
亀より早く動けることを見せつけることができれば、そこで満足してしまう。


ただ地面から数センチ上の前方だけをみて一歩ずつ進んでいる。
頑張っている意識はなく自分の目標に向けた一歩一歩にひたすら集中している。
亀の見る世界(視野、亀の視野の高さ的に地面から数センチ程度)の中にうさぎは見えない。
だから声をかけることが出来なかった。

このように物語を解釈し直すと、とても新鮮で大事なことを見落としていたことに気づきました。

僕は気を抜くとうさぎのような衝動に駆られてしまうことがあります。みなさんはどうですか?
亀のようになるにはどうすれば良いのでしょうか?

このドラマでは、以下のように伝えられていたと解釈しています。

自分を愛し自分の全ての行動を認めてあげること。
自分が意識している他者というのは、自分自身が作り上げた虚像に過ぎないこと。
虚像に対抗するための行動は、本当の自分を見失い、自分を自分でいじめてしまう。

このドラマで語られていたメッセージはとても素敵でした。
全てを理解できているわけではありませんが、今後何本か本当の自分とは?や自分が本当にやりたいこととは?というテーマについて書いていきたいと思います。

長文でしたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。

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