仕事始め雑感

俺は北国の生まれだから、学校の夏休みと冬休みが、首都圏とかとは全く違う。
夏休みに入るタイミングは、同じだろうが終わりが違う。
関東では9月いっぱい夏休みだよね。
大学なら教授次第だが、取ってるコマによっては、10月まで夏休み状態である。
学食とかは、10月になると営業してるけどね。
北国の夏休みは短い。暖房費節約の為、冬休みが長くなるからだ。 
8月の20日には2学期が始まっている。
だからお盆や終戦記念日の頃には、もう夏休みは数日しか残ってないから、宿題地獄に堕ちているw

逆に冬休みは、長い。1月の20日以降だった気がする。冬休みに入るのも早かった筈。
俺は昭和に学生時代を過ごしたから、色んなストーブを経験している。
小学校低学年の時は、小学校が旧校舎で、新校舎を建築中だった。
ストーブは、石炭ストーブだった。
石炭小屋があり、日直がバケツに石炭をいっぱいに積めて、教室に運びストーブの近くに置くのだった。
バケツ2杯だから、日直2人がやる事になっていた。
重かった。
この頃は、空気汚染とか問題になってなかったから、焼却炉もあった。
放課後にゴミを焼却室に捨ててくるのも日直の仕事だった。
焼却炉のところには、用務員さんがいたなぁ。
新校舎では、暖房が入っていた。
中学も最初は旧校舎だった。
ここでは、石油ストーブだった。
やはり石油をポリ容器に入れてくる仕事が、日直の仕事だった。
中3の時は新校舎に移ったが、ここでは暖房だった。
ちなみに昭和だから、小学校にも中学校にも冷房など無かったし、扇風機すらなかった。扇風機は、職員室にだけあったなぁ。
この頃は、家に冷房ある人は、確実にブルジョアジーだったからw
クラスの連絡網見るとまだ家電なくて、電話は呼び出しの家庭もあったからね。

大学に入ると、1/10くらいから講義があった。ただ、教授次第だが、大抵はもっと遅くから講義が始まっていた。

新卒の時、1/4から仕事始めなのに驚いたw
1/4なんて、学生時代は、まだ正月だったからね。
営業だった新卒の時は、1/4は客先も休んでたりするから、アポのある人だけ外回りして、あとは社内作業で終わっていた。
朝には朝礼。
そして、ミーティング。
その後は、午前中はその月の営業日報を仕上げていた。
そうしてると昼くらいになるから、昼にみんなで花園神社に初詣に行っていた。
営業所が西新宿にあったからね。
初詣の後は、歌舞伎町でランチして、それから歌舞伎町の喫茶店に行っていた。
ここで、新卒の年は金杯の日だった。
それで運試しにと金杯を買う事になった。
喫茶店のスポーツ紙見ながら、予想を立てて、購入。
まだ連勝複式、単勝、複勝の3種類しか馬券は無かった。
武豊騎手がデビューする前年だったかな。関東では、岡部騎手が無双していた頃。
俺は競馬なんてやらないから、なにも分からなかった。本命、対抗、穴とかの印の読み方も教わった。
この日は、2点で2000円買った。
みんなの買い目を紙に書き、金を集めた普段から競馬やる人が、新宿場外馬券場に買いに行くのだった。
みんなは、15:00過ぎまでその喫茶店でダベっていて、営業所に戻った。
この日は営業所長も一緒にサボっているから、怒られたりはしないw
営業所に戻ってからは、その日テキトーに客先行った事にして、一年で一度だけの定時上がりだった。
営業マンは、営業手当を毎月6万円貰っていた。逆に残業は付かなかった。

転職してからは、やはり1/4からだったが、事務だったから、普通に仕事をしていたなぁ。

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