ギリ19歳が行く、インド一人旅🇮🇳⑤
⚪︎死ぬことへの怖さと希望
3月10日(金)バラナシ
昨晩は少し早い時間には眠りについていた。というのも一部屋に2段ベッドで何人も泊まるドミトリー形式ではあるが、人見知りをして布団を顔まで覆い、気づいたら寝ていたからだ。部屋を出たすぐのところには共有スペース、談話室のようなものがあり、そこで話している人もいた。誰かが部屋に入ってきても、顔を覆ったままでいた。
朝起きて同部屋の男性に「体調大丈夫か?」と第一声に言われた。確かに、連日の空気の悪さで咳はしているが熱は出ていない。体調悪い自覚は全くない。不思議に思っていた。ただ、ここで思い出した。ガンジス川で沐浴、汚いとされる水に入り発熱し、早めに体調を崩して寝ていたと思われていた。人見知りゆえに少し迷惑をかけてしまった。(自分の普段の姿を見て、人見知りだと思わないかもしれませんが、実はこっそり人見知りです。)
そして、今日も朝ごはん代わりに昨日行ったブルーラッシーに行く。サンタナを出て、今日も人混みをかき分けて歩く。道にはもう迷わない。昼前から狭い路地は肩がぶつかりそうなくらいの人の量だった。そして今日も当たり前のように白い布に覆われたご遺体が家族と共にガンジスへと向かっている。ブルーラッシーまでに何組もすれ違った。
今日のブルーラッシーではストロベリーラッシーを頼んだ。誰が興味あんねんと言われるのは百も承知だが、いちごが好きだ。ハイチュウはブドウよりもいちごだし、好きなお菓子はアポロ、ケーキにはいちご入っていないと気が済まない。一度は高級なイチゴを食べてみたい。それか、お腹いっぱいいちごを食べ続けたい。それが無理なら、いちごが雨のように降ってくる楽園に行きたい。いや、そんなんどうでもええねん、脱線しすぎやろ。はよインドの話しろよ、、、はい。。
ラッシーは言わずもがな最高に美味しかった。ラッシーはなんぼあってもええですからね。あっという間に食べ終わり、次は違う店のラッシーが食べたくなった。なので、少し遠いがババラッシーというラッシー屋に向かった。ここではマンゴーラッシーを注文した。なかなかラッシーは出てこなかった。1から作ってくれてるみたいなので全然待つことができる。また、初めて韓国人の観光客を見た。インドに日本人はよく来るが、韓国や中国の観光客を見ない。なぜなのだろうか。。
そしてマンゴーラッシーが来た。やっぱり美味しかった。美味しくて感動した。もし、日本で食べられるラッシー屋を見つけたら、知っていたらぜひ教えてください!北海道の先でも沖縄の島の屋台でも全国飛んでいきます!
腹ごしらえをしたので再びガンジスへ。基本的にはやることを決めないで、その場その時の行動をしていく。なんとなくボートに乗ろうかなと考えながら歩いていた。ボートは乗りたいタイミングで探すそぶりを見せれば、あちら側から声をかけてくれるので心配はない。ガートを歩き、ふと立ち止まった。昨日も行った火葬場だ。すると、白い布に覆われたご遺体が家族と共にやってきた。神輿のように4〜6人で担いでいる。
彼らはそのままガンジスにご遺体を持っていき、数回浸しては上げてを繰り返した。そのガンジスに浸すご家族は落ち着き、悲しむような姿は見せていない。どちらかといえば、彼らは少しはしゃぎながらその作業をしていた。次に彼らは火葬するスペースに持って上がった。火葬場で働いてる人や家族と共に薪を組んでいく。そして、その上にご遺体を乗せた。その時にできるだけ近くに行こうと思い、15メートル程度離れた場所に移動した。
しかし、なかなか始まらない。するとどこかからお祈りする人、お葬式でいうお坊さんらしき人が来た。そこから流れ作業のようにお祈りをした。この後はすぐだった。火を薪につけ、少しずつ燃えていった。そこからじわじわと燃えていき、次第に炎が立つようになった。その辺りでおばあちゃんが火葬されていたことに気がついた。いつのまにか覆っていた白い布はなく、骨格的にもおばあちゃんだと推測できた。火による熱気と気候的な暑さで汗も出る。だけど、そんなことも全く気にならなかった。ただ、おばあちゃんが燃えていく姿をじっと見つめていた。動けなかった。動こうとも思わなかった。これは自分の目でしっかりと見なければいけない。強い使命感、ある種の義務感に包まれる。
炎の中にいるおばあちゃんの姿を見ている時、どちらかというと無心に近かった。考えるよりも前に目に焼き付けたかった。だが、少しでも気を抜くと自分の心の中で揺れ動き続けているものが頭を駆け巡る。そのおばあちゃんがどのように生きてきたのか、どのような人だったのか、愛されていたのか、そんなことを考えていると終わりはない。"生きること"と"死ぬこと"、"生と死"がダイレクトに自分の心に飛び込んできていた。
そして、いかに自分がちっぽけな存在なのかを実感する。"死"という大きく立ちはだかる壁に向かって私たちは進んでいく。その先を超えたら再び"生"が待っている。生と死が思っているよりもはるかに近く、すぐそこにある気がした。人生とは何なのか、生きることとは何なのか、ちっぽけな自分が考えても世界は救えなければ、何もすることはできない。ただ、今日を生き、明日に希望を持つ。
しかし、明日に希望が持てない時もあるかもしれない。そんな時に希望なんて持たなくてもいいし、今日もなんとなく時間の流れに身をまかせればいい。深く考えてもキリがない。振り返るとあの時頑張って生きてたなと思えればOK、今日も美味しいご飯を食べて、寝る。何気ない日常を深く考えた時間だった。
そして、そんな日々を送っていれば人生や生きることの答えが見つかるのではないかとも思う。答えは生きている時に見つからなくていい、全力で今日を生きた最後の日に分かればいい。今日も家族や大好きな友達、隣にいる人や少し疎遠になってしまった人、そしてあなたを大切にしていきたい。明日生きているか誰にもわからない。だからこそ後悔のないように今日も生きる。あの時に、この光景は自分の人生観を左右する出来事だと思い、じっと立っていた過去の自分に感謝する。
そしてどこか小っ恥ずかしいので、「インドに行って価値観が変わってきました!」とは大きい声では言えない。ただし価値観が変わったのも事実ではある。しかし、この旅やこれからの旅の裏テーマ・目的の「教科書やインターネットの情報を自分の目で見て、感じたい。自分で確かめたい。」を達成している。(この裏テーマに関して、最後の最後にまとめる予定です。)
ここまでつらつら価値観について語っている。正直、不可能なことだとは分かっているが、価値観はない方がいいと思っている。無意識に作り上げられる価値観は時に良い面に作用したり、悪い面に作用したりする。それぞれに個性があるようにそれぞれ価値観がある。自分の尺度で物事を捉えて、そこからはみ出したからそれはダメだよと世界の中心になった気分で否定する。そんな人にはなりたくない。自戒を込め、これからも何度も何度も思い出していきたい。そして、価値観は常にぶっ壊すものだと自分は思いたい。壊しては再生され、壊しては再生される。壊すために今いるコミュニティを少し出て冒険してみてもいい、今回の自分は海外、インドに行くことがその選択だったのだ。
はぁ、思いがけず熱く語っちゃったよ、恥ずかしい。あのおばあちゃんのことを考えて、心の奥底の魂に火がつけられちゃった、、かなり影響受けちゃってるわ。
そんな熱い想い胸に秘め、再び歩き出した。そうだ、ボートに乗りたかったのだ。ボートに乗ってガンジス川からガートを見たかったのだ。いかにもボートに乗りたいそぶりを見せたら男性が近づいてきたので、交渉する。久々の交渉だ、ワクワクする。目一杯値下げの交渉をして、ボートに乗り込む。先に40代、70代くらいの親子と比較的若めのインド人の家族連れがいた。ボート椅子に座るが、なかなか出発しない。というより、ボートを動かすスタッフ2人はお客さんを捕まえることに必死で、どこかにいってしまった。20分くらいスタッフからも何も言われず年上の親子と椅子に座って待っていた。途中痺れを切らした家族連れはボートを降りて違う船に乗り換えていた。
そろそろ、自分も待ちくたびれた。どないなっっとんや!と主張するためにボートを降りると、すぐにスタッフが飛んできた。もう待たれへん、いつ出発するんやと強気の主張を全力の英語と表情でした。スタッフは15時45分に出発するから待ってくれと言ったので、さらに15分待った。ボートに戻り親子にも出発時間を伝え、談笑した。15時46分、彼らはボートに戻ってきた。遅刻だ、おい約束しただろ!と思うが、いちいちカリカリ怒っていても仕方ない。というよりは時間の遅れに関してはもう何も思わない、感情は無だ。
結局出発したのは15時48分だった。ボートにつくもののエンジンがしばらくつかない。エンジントラブルだ。ガンジスの上でエンジン止まったらどうしようと少し不安になったが、それも面白いエピソードトークできるからいいかと開き直る。そしてボートツアーが始まった。ただ観光客をボートに乗せて、川を回るだけだった。変にガイド料金くれと言われるよりは十分マシだ。次第にエンジンも元気になるが、たまに気のないカスカスした音を出す。弱くなったり、調子が戻ったり、景色よりもエンジンの心配に心が持っていかれた。
ボートツアーも良いものだった。お祈りの時に使う花や何かわからないゴミが浮いている。柴犬の亡骸がそのままの姿で浮いていたりする。ガートでは目がギンギンの野良犬が走り回っていて、川には死んでしまった犬の亡骸が浮いている。ここでも生と死の対比があった。ここまでたくさんの死を目の当たりにすると、死ぬことへの恐怖は薄れてきたような気がする。簡単に死んでいいというわけでは全くなく、死ぬことへの恐怖は常にあり、その気持ちが和らいだ感覚だ。死というものを少し受け入れられる自分がいるのだ。
ボートは変なところで降ろされた。乗った場所ではなく、ただ川を下った何もないところだった。逆にそれが良かった。ガートを歩いていると、近所の少年たちはボールで遊んだり走り回っている。何気ない光景だった。そんな少年たちに触発されて、ガンジスに少し入ろうと決意した。体調を崩したくないチキンボーイなので、足先だけ浸かることにした。サンダルで川に足先を浸す。ヌメヌメ、若干トロトロしている。何日も浴槽に溜めた水のようだ。実際、浴槽でここまでヌメヌメしたものに触れたことはないが、気軽にガンジスに入ってみたいならば、浴槽の水を育てるのはアリかもしれないね。
足を流す場所は見当たらなかったので、そのまま宿のサンタナに帰って足を洗った。足がずっと痒かった。やっぱり水は汚かったかもしれない。細心の注意を払い、足とサンダルを洗った。ガンジスの水がひとたび口や目を通して身体に入ると体調を崩すことは分かっていたからだ。
一度部屋に帰った。部屋に入ると床で倒れている人がいた。驚いた。うなされている。ガンジスで体調を崩したのだろう。そっとしておいて部屋を出た。夕方だが、ご飯食べるために昨日の店KASHI CHAT BHANDERに行った。今日もCHURA MATARを食べた。相変わらず美味しかったがムカムカした。
昨日も行ったプージャまで少し時間があったので、路上で売っているチャイ屋で一息ついた。ジンジャーが効いてて美味しかったので2杯飲んだ。持ち帰りチャイもした。そして、宿のサンタナに帰り、部屋に戻った。昼に倒れていた男の人はフラフラながらも会話はできた。やっぱりガンジスによる体調不良だそうだ。こんな風にはなりたくたい。あまりにもしんどそうだった。
そして、時間になったのでプージャを見るためにガートへ行った。昨日は虫、蚊がいたので早めに撤退したが、今日はしっかり対策をしていく。長袖を身にまとい、比較的良い位置で見ることにした。もうすでに人はいっぱいだ。儀式が始まると、その光景に息を呑む。日本でも宗教儀式を見ると心が落ち着くのと同様に、プージャでも何かわからない落ち着きがあった。時間にしたら30分、5人の男性が様々な動きと共にお祈りをしている。それを見る観光客やヒンドゥー教を信仰している人たち。何にも変え難い貴重な時間だった。儀式も終わったのでサンタナに帰ることにした。
帰るとそこにある1人の同年代の女性がいた。インド旅中に日本人の女性に出会うことはあったが、それはグループ旅行だった。日本人女性にはこれといって珍しさは感じない。でも今回は違う。インドに1人で来ているのだ。正直驚いたし、なんでインドに来たのか、何をしている人なのか、その人に興味が湧いた。その女性の呼び方をTさんとする。どうしてインドに来たのかをTさんに聞いた。自分のこれまでの旅であった出来事も話したし、楽しかったこと、嬉しかったこと、死にかけたこと、たくさん笑って聞いてくれた。そして、自分はTさんの生きてきたバックグラウンドを聞きたくなった。いろんな想いがあってガンジスまで来てるからだ。失礼のないように、傷つかないように、深く入りすぎないように丁寧に聞き、Tさんは優しく教えてくれた。ここでの会話を詳細に話すことは今後もないと思う。ただ、この人に出会えて良かったと心から思っているし、Tさんと様々な話をして視野も広げることができた。2時間は話していたような気がする。
気づけば長い時間話をしていた。ルームメイトや別部屋の宿泊者が続々と帰ってきた。そこからは5、6人で共有スペースで座布団に座りまたいろんな話をした。関西人のお兄さんもいれば、同い年の大学生もいる。何気ない他愛のない話をした。初対面の日本人たちと友達かのように話す。そんなひと時がとても楽しかった。そこで、関西人のお兄さんに明日の朝にガンジスへ写真を撮りにいく。ボートに乗って写真や動画を撮るけどみんな来る?とお誘いを受けた。ありがたくその話に乗らせていただいた。そんなこんなでいい時間になった。明日も早い時間から活動することになったので、解散して寝ることになった。明日が本格的な旅をするのが最後の日だ。インド旅のラストスパートをかける。
今日の1番の記憶、おばあちゃんやガンジス川についてベッドの上で目を瞑って考える。前回書いたようにガンジスに入ることによってすべての罪を洗い流すことができる。19年生きてきて、大きな罪を犯した自覚はない。だが、無意識にどこかで誰かを傷つけていたかもしれない。そんな過去の自分から生まれ変わるために、これまでのことを振り返った。生まれ変わるだなんて、そんな都合のいい事を胸張って簡単に言ってはいけない。そんな威勢のいい自分もいれば、生まれ変わることにすがりたい情けない自分もいる。矛盾しながらも悩み、苦しむ自分がありのままの自分だと受け入れて、これからも自分を1番に愛して強く生きたい。
そして、そんな自分にも心臓が持っていかれそうなほど辛いこともあるし、病むこともある。普段の姿で想像できないかもしれない。陽気で楽観的なヘラヘラしている自分でも人間関係に悩むことは当たり前のようにある。インドへと出発する2週間前、どん底に落ちたような気がして、数日病んだ。そんな時にカラオケに12時間こもったり、友達がご飯に連れ出してくれたり、電話で話を聞いてくれたりした。
その上で過去の自分から生まれ変わるために、ガンジス川に入った。そうして、川に入ることで何か救いになったような気がする。生まれ変わって新たな人生が再び始まったのかもしれない。病んだ時にみんなしんどい思いをしてるんだから頑張れよと言いたいのではなく、どこかに新しいスタート地点があるんだということを伝えたい。どこかに生まれ変わるきっかけや出来事があるかもしれない。これがガンジスである必要では全くないので、自分なりの何かを見つければ少しは楽に生きていけるのではないかと思う。
インドに行く前、大学の先生がある本を紹介してくださった。それは遠藤周作の「深い河」(ディープリバー)だった。かなりページ数のある本ではあったが、読むのが楽しくて。その本にかなりの影響を受けて、今回の内容を書き上げた。宗教観や人生観、神様や愛とは何か考えてしまうような本でして。機会があればぜひ読んでほしい一冊です。シブがき隊のもっくんとの対談した本も面白かったです。捉え方、感覚が近いところがあって、頷きながら読みました。それもぜひ!
次回、インド最終日、ガンジスで美しい朝焼けを見る。ここにきて体調が、、、でも香港ディズニーには行きたい、、、。
第1弾
第2弾
第3弾
第4弾(前回)
第6弾(次回)