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甲虫(2)

※殴り書きかつ前回の途中から始まってるので急に始まり急に終わります

次に会ったのは、泣き腫らした目が印象的な青年だった。白いワイシャツはヨレヨレでスラックスも膝の部分が汚れている。
しかし、遠くから見ても目を引く程の美丈夫で中性的な見た目は他を圧倒する程美しかった。

赤く泣き腫らした目がどうしても気になり、なぜそんなにも泣いたのか聞く。生きていた頃は、住む世界が違うような男前とは話そうとも思わなかった。
……もしかして私はまだ夢の中だとでも思っているのかしら。

──青年の言い分はこうだ。

彼には好きな人がいた。
同性の男だった。

この世には男と女に分けられていて、必ずどうしても性別は2つに分けられる。
そしていつからか女は男を、男は女を好きになるのが当たり前で、恋をするのは異性だと決まっていた。
そして、同性愛は悪なのだと。

だから彼も自分は悪なのだと言う。
そう思って彼は生きていた。

幼い時、よく遊んでいた女の子がいた。お姫様が大好きで髪の長い可愛らしい女の子。

ある日、その子と子供らしく可愛い内緒の話をしていた。
女の子は「○○くんが好きなの」と笑う。そして、内緒ね、と人差し指を口元に寄せた。
彼も○○くんの事が好きだったので「僕も○○くんが好き」と純粋無垢な笑顔で言った。1番仲の良い子と同じ好きな人がいる事が嬉しかったのだ。

しかし、女の子はそう思わなかった。
女の子は怒って「男の子なのに変だよ!」と言って指をさされた。その時はいきなり怒られた事と「変」と言われた事が恥ずかしくて、俯いて涙を拭いてその場を去った。しかし彼は大人になってからも女の子が自分に指をさして責め続ける夢を見た。

それまで自分が変だと思ったことがなかった。
男の子が好きなのは自分の中で当たり前だったから。しかし幼いながら、男の子が好きだということは言わないようにしようと心に誓った。

「今なら分かるよ。別に同性愛や同性婚が認められたって良い意味で何も変わらないってことを」

青年は公園の白いベンチに項垂れて座っている。
木陰に位置するベンチからは遠くで遊ぶ児童達を見守ることができた。

青年が過去の話を涙混じりに語るのを渋谷おじさんは木に寄りかかりながら、私は隣に座りながら聞いていた。

男子児童が手つなぎ鬼をして駆け回っている姿を見て、青年はため息をつく。

「同性婚が認められたからって鉄の雨が降るわけじゃない。ましてや今すぐに人類が滅亡するわけじゃない。

……まあ、人類は滅びるさ、いつか。
ただし、それは僕たちのせいじゃない。同性婚が認められたからじゃない。

必然だよ。そうと決まっているんだから。だからそれとこれを結びつけようとするなんて少し飛躍し過ぎなんだ、お偉いさんは。物事を…悪く考えすぎなんだよ。なにも変わりゃしないのに……。

僕が死んだのは、そんな世界が、愛する人を愛することが出来ない世界にウンザリしたからなんだ。

僕は僕が殺したんじゃない。世間が僕を殺した。

同性婚が認められなくて死んだんだ。同性婚が認められていたら僕は死ななかった。

これがどういう意味をするのか分かるだろう?

あの、政治家は同性婚が認められれば同性愛が国に多大な影響を与え国を滅ぼすなんて馬鹿げたことを言ったんだ。
真に受ける世間も世間だが、それのせいで僕は愛する人と結婚出来なかった。

同性婚が認められなくて、人1人を滅ぼしたというのに。

……どっちにしろ、僕たちは死ぬ。必ず。
しかも地球は緩やかに死んでいる。
そんな中で短い人生を謳歌できなくてどうするんだ!たった90年、100年を!

好きな人に好きと言えない、僕のような人がいることを知って欲しかった……。
何も変わらないのに……。僕達は良い意味で多大な影響を受けるけど、他の人達に影響なんてありゃしない。だって他人事なんだから。」

時々声を荒らげる青年は、遂に両手で顔を覆って泣き出してしまった。
若いとはいえ、自分よりも大きな男性が嗚咽を漏らしながら泣く姿はこちらも胸が痛くなる。

「今更、こんなこと嘆いたってもうジュンと結婚出来ないのに……」
「ジュン?」
「……僕と結婚を約束した人さ」

青年は胸のポケットから擦り切れそうなほどボロボロな写真を取り出し見せてくれた。
幸せそうに笑う青年と、その隣で同じように笑うかっこいい男の人だった。
手を絡めて寄り添う2人はかなり親密な関係だったことが窺える。

「ジュンは女と結婚したんだ。
僕と結婚することを諦めて、親が決めた婚約者と結婚した。

その結婚式に、僕を『ただの親友』だと思っている奥さんから招待されたんだ。酷い話だろ?
僕も僕だ。行かなければ良かったのに……。

ジュンは僕を見つけて泣いていた。
『許してくれ』なんて言ってさ。
僕もジュンを見て泣いてた。

仕方の無いことだって分かってる、彼の実家は金持ちだもの。

でも許せなかった。
ジュンじゃない、この世をだ。

ジュンの結婚式の2日後、僕は死んだ。
ジュンが結婚したことも、ジュンと奥さんの間に子供が出来ることも、……ゲイを理由に差別されることにも、もう耐えれなかった」

青年はワイシャツの袖を捲る。
腕には無数の切り傷があった。浴室で死んだのだと言う。

「僕の家のバスルームにはまだジュンのものが残ってた。取りに来ると信じてたけど、多分もう取りに来ることも、一緒にお風呂に入ることもないって気づいたら、すごく悲しくて。バスルームやあの家には思い出がたくさんあるから……。」

最期くらいは楽しかった頃を思い出して死にたかった。辛いことの方が多かったから。
来世では好きな人と一緒になれますように、できたらその好きな人がジュンでありますように、と願ってドクドクと血が流れる左腕を浴槽に張った水の中に入れた。

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