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『ネガ』

 自分の知らない間に『ネガ』という言葉が否定的な意味で使われていることにふと気づいた。ニュースの見出しの横に『ポジティブ』『ネガティブ』というアイコンがついていたのを見たからだ。そんな大雑把に2つに分けることができるのか。世の中からどんどんグラデーションが失われている気がしてならない。

僕は撮影前日決まってお腹が痛くなる。心配しすぎてしまうからだ。撮影中カメラが壊れたらどうしよう!上手くいかないことばかり頭の中に浮かんでしまうのだ。予備のカメラを用意しておこう。さらに予備の予備も用意しなくちゃ。よく使うレンズも2本ずつあったほうがいい。心配性というか、とにかくネガティブな性格だ。あれやこれや準備した結果とんでもない量の機材になることもしばしば。アパートの隣に住む住人から『長期の海外ロケですか?』と尋ねられる。いや8時間ほどで帰って来ますけれど。

毎回こんな調子で撮影前に精神的にヘトヘトになってしまいそのおかげでぐっすりと眠ることができ撮影当日の朝はスッキリとしている。『あれだけ準備したんだから今日の撮影でなにかあっても自分のせいじゃない』という気持ちになれるのだ。

とある日、名前からしてオシャレなスタジオでの出来事。午前中の撮影が終わりランチにしましょう!とスタッフが昼食を準備していた時、撮影セットの大きなレフ板が倒れてカメラを直撃した。幸いにも人的被害はなかった。モデルやその他スタッフに怪我がなくて本当に良かったと胸をなでおろしていると編集者が真っ青な顔で僕に『午後の撮影どうしましょう...』

『あーカメラですか。大丈夫ですよ。全く同じカメラとレンズの予備持ってきてますしなんなら違う機種だけどさらにもう1セットあります。もう一回同じ事が起きても最後まで撮影できますからご心配なく』

ものすごくポジティブですね!と言われた。

ネガティブを究極的に極めると人はそれをポジティブと捉えてくれるらしい。不思議なものだ。

そもそも写真ってネガからポジを生成するものだ。(現在のデジタルカメラにおいてそうでは無くなってしまったが)フィルムで暗く写っているところはプリントでは明るくなっているし、その逆にフィルムで明るい部分はプリントでは暗くなっている。同じ瞬間を捉えているのに明るい暗い両方の要素を持っている。

その女優さんは化粧品のCMに起用されるほど肌が綺麗で笑顔の素敵な方だった。ライティングの変更が終わった事を伝えるため『撮影始めるよー』と手を降ったら、ぴょんぴょんと跳ねながら飛び切りの笑顔で手を振り返してくれた。とても明るくて気さくな方なんだなーと思っていた。

そのニュースを聞いた時、信じることができなかった。そんなまさか!結婚したばかりで子宝にも恵まれてあんなに明るくて幸せそうだったのになぜ。でもそういえば演技に定評のある女優さんだったっけと回想した。究極的にポジティブな姿を演じていたのかもしれない。

その女優さんを撮影したのはデジタルカメラだったからネガは残っていない。


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