茅ヶ崎DNA
今日、桑田佳祐のLIVEに行ってきた。
洋楽育ちのボクにとっては桑田(サザン)は歌謡曲で、「勝手にシンドバッド」「チャコの海岸物語」「いとしのエリー」あたりを大学1年生の時にカラオケパブで歌う程度のものだった。
しかも、確かボクが20歳の頃にサザン活動休止、桑田バンド結成などあり、ボクはドリカムやZARDで女の子の気を引くことに注力。
大阪育ちのボクにとってもう1つ不利だったのは、関西人は「サザンは歌わない」ということ。
これ、わりとホントです。
さて、そんな程度でしか桑田サウンドを聞いてこなかったボクが桑田を歌うようになったのは実は15年くらい前でしかない。
そう、骨の髄までサザンの人々からすれば新参者なんです。
まあ、他人からの評価はともかく、サザンを聴くようになり、時折、涙が止まらなくなることが、ここ数年起こるようになってきた。
青春の思い出の曲でもなく、ホテル・カリフォルニアでもなければクラプトンでもプレスリーでもないのに。
今日、桑田佳祐をわりと間近で見て、やはり時折涙が流れる。
そうか、これは茅ヶ崎の血か。
ボクは茅ヶ崎生まれなんです。
幼児の数年しかいなかったけど、湘南BABYだった。
ボクにとって一番大切景色は今でも神戸のメリケンパークだけど、そこには当時の女の子の想い出が詰まっているから。
江ノ島みても、エボシ岩見てもなにも感じない。
けれど、ボクのDNAにはたしかに茅ヶ崎生まれの桑田サウンドが刻まれている。
不思議なことですね。
協会のゴスペル聞いて育ったとか、河内音頭聞いて育ったというような明確な経験があるわけでもないのに。
でも、行けばわかる。
茅ヶ崎はド田舎だけど、あそこはちょっと日本じゃない。
なにか街に通底するサウンドというか空気がある。
そんなDNAがボクにも流れてるんだと実感した今日。
水キライだからサーフィンしないけど、最後は茅ヶ崎に帰って住もうかな。
いや、ちょっとミーハー?
でも、「外人ですよね?」と言われるボクの終の住処にはいいのかもな、とか考えてたら、ボクの周りであと少して死なんとしている人たちの顔が浮かんで、また涙がでたとさ。