アンコール 12 「プラトニック」
次の日は土曜日だった為、朝まで飲み、シロと共に就寝をしたけれど、昼過ぎに目を覚ますと彼女の姿は僕の側にはなかった。
なんだか物悲しい気分になってしまったけれど、きっと大人にはこう言ったことが往々にして起こるものなのだろう、と、まだ大学を卒業して会社勤めをはじめたばかりの若造である自分に言い聞かせた。
たった一日、たまたまバーで出会った女性を自室に泊めただけのことだ。
それなのに、僕の気持ちは浮ついて、シロのことを想うと、まるで特別な出来事が自分に起こったのだと感じ、胸がときめいた。
顔立ちは大人っぽく感じたけれど、喋り方や振る舞いは自分よりも幼く感じたので、きっと彼女は年がいっていたとしても二十歳くらいなのではないだろうか、と思われた。
それとも、性格上そのような発言や行動を取るだけであり、実際は自分と同じ年くらいだったりするのだろうか。
「…聞いておけば良かったな。気になる」
「何を?あたしに関することかしら」
「…シロ、どうして君はそんなところにいるんだ」
「落っこちたのよ。出るのが面倒だわ」
一人きりで部屋に残されたとばかり思っていたら、彼女はベッドの足を向ける方と、収納棚の隙間の床に、天井を眺めながら仰向けに倒れていた。
起き上がると、ベッドの上を這って、シロに手を伸ばし、二の腕を掴んで引っ張り上げてやる。
ある程度上半身が動くようになると、彼女は本当に蛇のようにくにゃりと身体をベッドに沿わせ、ズルズルとゆっくり姿を現し、羽毛布団に埋まった。
「寒かっただろう。…力を込めていない人間を引きずるのは、しんどいな」
「あたしは寒いと動けないの。ありがとう。感謝するわ、ハイリブ。さ、コンビニかスーパーに行きましょう。酒がもうないの」
「今日も飲む気でいるのか。月曜日、仕事に差し支えるだろ」
「あのバーに行かなければ、あたしには仕事は入らないわ。ハイリブとしばらく暮らすことにしたの。ハイリブが、モンゴルにあたしを連れて行きたくなるまでの間だけよ」
よくよく話を聞いてみると、スマホも持っておらず、自宅に電話もないと言うし、一体どうやって仕事先の人間や友人と連絡を取っているのだろうと疑問だった。
聞いてもいいか、と一応断りを入れてから素直に訪ねると、簡単に教えてくれた。
それらは、昨夜訪れたバーの店主に連絡が行き、日にちや時間をシロが把握してはじめて「シフト」が入るのだそうだ。
そんな彼女は、そのまますっかり僕の部屋に居着いてしまった。
その日から、毎日毎日、僕たちは共に同じベッドで眠ったけれど、抱き合うことも、キスをすることもないままの夜が繰り返されることになる。
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