保守点検契約―随意契約とできるか
第1 ケース
職員「図書館のエレベーターの保守点検契約をしたいので、内容を見てもらってもいいでしょうか。」
内部弁護士「わかりました。ちなみに、契約内容の話ではないのですが、今の業者はどうやって選定したのですか。」
職員「入札でエレベーターの設置工事業者を選定しました。その工事業者と保守点検契約を締結しています。」
内部弁護士「契約期間はどうなっていますか。」
職員「令和4年4月1日から令和5年3月31日までとなっています。」
市では、庁舎内や体育施設等のエレベーターや空調機器を管理しています。その管理の一環として、未然に事故や故障を防ぐために定期的なメンテナンスを行ったり、機器の持ちをよくするために部品の定期的な交換や修繕を行ったりしています。また、財務会計、出退勤の管理、文書管理等のためにシステムを構築した場合、OSやハードウェアのアップデートにともなって、システムの更新が必要となります。
このように、物品の設置後又はシステム後に継続的な支障なく使用を可能とすることを保守点検といいます。
第2 内部弁護士としての留意点
保守点検契約を行うときに気を付けなければならないのは、随意契約にできるか、長期継続契約とできるか、契約の内容は適切か、モニタリングができているかという点になります。
今回は、ひとまず随意契約という点を見ていきます。これは自治体特有の法務問題になります。
自治体が契約を締結する場合、原則として入札を行わなければならないことになります。競争性、契約の機会均等性、透明性、経済性の確保がその趣旨です。これに対して競争入札を行わずに、自治体が任意に相手方を選定して契約を締結することを随意契約といいます。
随意契約は、地方自治法第234条第2項から委任をうけて定められた地方自治法施行令第167条の2第1項各号のいずれかに該当する場合に例外的に行うことができます。
随意契約は、入札にかかるコスト(時間、手間暇等)を嫌って職員が安易につかってしまいやすく、また、前例踏襲的に法的根拠を確認しない結果、例外規定にあたらず違法になってしまうリスクが高い分野です。実際、住民訴訟が頻発したり監査がでひっかかったりしています。そのため、内部弁護士として注意が必要な分野です。
第3 解説
1 システムの保守点検
システムの構築業務については入札にする自治体もあるかと思いますが、システムの保守点検についてはほぼ随意契約としているかと思います。これはベンダロックインといわれる事情があるためです。
こうした事情からすれば、いわゆる入札不適―地方自治法施行令167条の2第1項第2号の「その性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき」について解釈を示した最判昭和62年判決に該当するといえます。
最判昭和62年判決は、①②の二つの判断枠組みを示しています。すなわち、入札不適は不動産の買い入れ―この世に一つしかないものを買う場合のようなときにしか認められないのではないかという論点に対して、それに限られず、合理的な裁量判断によりより広く認められるとしています。
もっとも、システムの保守点検は①にあたるとして随意契約していいのではないかと考えています。
今のところ、システムの保守点検について住民訴訟で争われたことはないようですが、この問題についてばっちり論じている文献としては、『情報システム構築・運用保守業務の受託者と再度の運用保守業務委託を随意契約により契約を締結することの可否』 (地方財務実務相談室(第110回))があります。
要旨、コード等が知的財産として保護されるものであって、他のシステム業者では更新をなしえないというような内容だったかと思います。気になる人はそちらもチェックしてみてください。
上記のような事情からシステムの保守点検は随意契約とすることができると思います。
ただし、今後システムの標準化等の要因によって、ベンダロックインが今後解消されてしまうこともありえます。システムの標準化については検索すれば総務省の資料が出てきますが、どの業者であっても保守点検業務に参入できることを想定しているようです。
2 エレベーターの保守点検
エレベーターの保守点検についても、メーカーや設置工事を行った業者に随意契約で委託するところが多いかと思います。おそらく、上記同様入札不適を根拠としています。
根拠としては以下のようなものです。
メーカー等であれば、当然そのエレベーターについて精通していることから、保守点検を適切に行える能力があること
メーカー等以外の者が保守点検を行うと、メーカー等による保証外となってしまい不利であること
仮に、保守点検を他社に委託してトラブルが生じたときに、その責任がメーカー等にあるのか保守点検を行った者にあるのか不明確になること(いわゆる責任分岐の問題)
メーカー等側の本を見ますと次のような記述があります。
エレベーターの保守点検については、裁判例はまだないようですが、監査において随意契約として行われたことについて検討を要するとして指摘されている例が散見されます。とくに、国の機関等では入札を実施するところが多いように感じています。
私見をいえば、実際にそのような検討を行うことは困難かと思います。
まず、メーカー等の間にどうしようもない情報格差があります。
こちらは単なる公務員でエレベーターの安全性については素人です。仮に業者を変えて保守点検させても安全性に影響がないのかどうかはメーカー等しか分からず、このような情報を収集することは困難です。安全性に影響がないことがわからないのに、入札に踏み切ることはできないと思います。
ただし、法律論としてはだから入札しなくていいとはいえず、やはり慎重な考慮が必要です。
まず、随意契約の例外性からすると、「安全性に影響がないこと」ではなく、むしろ自治体側が「安全性に影響があること」を積極的に主張立証しなければならないかもしれないからです。
また、独禁法関連の裁判例(大阪高裁平成5年7月30日判決)では、メーカー等が安全性確保を理由に独立系保守業者に部品の供給を拒絶することが争われていますが、そのような主張は認められていないようです。
ごちゃごちゃ書いてきましたが、エレベーターの保守点検を随意契約とできるかは難問です。
随意契約としていたとしても、一応の合理性が肯定され、職員への求償や契約が無効となるといったことはないと思われるので、重大なリスクはないと思いますが、違法リスクは相応にある、というのが私の評価です。
3 空調の保守点検
保守点検をメーカーに随意契約により委託したことが違法とされた裁判例があります。事案を説明します。
静岡県沼津市が以下のような特殊性を理由にメーカーに空調保守点検業務を随意契約で委託しました。
中央監視盤により空気調整している設備の保守点検であって単なるエアコンの点検等とは異なること
冷水、温水をつくって供給する機器を屋上に設置して空調を行っていること
井水を冷房につかっていること
それでも、以下のように随意契約とすることは許されないとしています。
最判昭和62年判決の②の判断枠組みに顕著ですが、合理的な裁量判断のために調査や検討を行っていない場合には違法とする裁判例があります。この裁判例もその流れのひとつです。
この裁判例を踏まえると、保守点検業務であっても調査や検討が必要となります。しかし、そうとはいっても、何をどう調査するのかというところはあります。
各自治体においては、この対策として、内部弁護士を任用する、顧問弁護士を活用する等していただきたいです。
一応私なりのアドバイスはありますが、営業秘密とします。
第4 終わりに
随意契約は正直、何が違法で何が適法か、人によって判断が異なります。そのため、最悪違法とされたとしても職員に求償されないようにする、市に損害が出ないようにするといった対策を講じることのほうが重要です。
たとえば、上記の静岡地裁平成27年2月26日判決では、以下の理由から重過失が否定されています。
そのため、内部弁護士としては、
決裁文書上の随意契約の理由が典型的に認められないもの―たとえば「長年の実績がある」だけになっていないか
複数者から見積を徴して入札にした場合との差額ができる限り生じないようにする
といった対処を講じてリスクを最小限にすることが求められると思います。