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【実質無料記事!】猿ヶ京での楽しみ方:歴史と自然を感じる、大人観光地-猿ヶ京温泉周辺のおすすめスポット③:城跡大人散策 (群馬)  


こちらの投稿は、「大人散策辞典 ”wiki stroll” ~tomoaki blog~」の "Original の記事" を基本同じ内容で、記載している記事になります。Original の記事では、より多くの写真も含め記載しておりますので、併せてご参照頂けますと幸いです。




【はじめに】

本ブログの別記事で、猿ヶ京温泉の旅籠屋丸一生寿苑湖城閣をご紹介しました。それぞれのお宿情報は、別記事をご参照頂きたいのですが今回は「猿ヶ京温泉近辺における城跡を巡る散策情報」をご紹介します。

他にこの近辺の散策情報として、 「三国街道の散策情報」 、「観光協会が企画していると思われる『お願しょめぐり』・『手湯めぐり』」「いいとこどりの周辺散策情報」等も紹介していますが、 今回はキーワードを「城跡」絞って、ご紹介させて頂こうと思います。

三国街道の大人散策の様子①
三国街道の大人散策の様子②
三国街道の大人散策の様子③

そもそも、「猿ヶ京」と言う地名の由来ですが、あの「上杉謙信が名付親」の様です。猿ヶ京温泉観光情報協会のホームページによると以下の様にあります。

永禄三年(1560)有名な戦国武将、上杉謙信が越後から三国峠を越えてこの辺り(当時は宮野と呼ばれていました)にやって来た時のお話。どこまでも広がる大地に立ち、やはり果てなく広がる空を見、この地を治めたいという強い衝動に駆られました。

その夜、謙信は飲酒し、気持ちよく眠りについたところでなんとも奇妙な夢を見ました。宴の席でごちそうを口に入れたとたん、前歯がいっきに8本も抜け、手の中に落ちてしまうという夢です。戦の直前にいやな夢を見たと家来に言うと、「片っ端から関八州を手中にするという、縁起の良い夢でございます」とのこと。その日はちょうど唐申の年、申の月、申の日、そしてなんと謙信の生まれ年も申年だったことから、「この地を申ヶ今日と改めるぞ」と、謙信も上機嫌。この『申ヶ今日』が訛り、文字も変わって『猿ヶ京』と呼ばれるようになったといわれています

https://sarugakyo-navi.jp/origin

猿ヶ京温泉の南東には、真田家北条家と因縁深い、沼田城があります。越後から上杉家信州から真田家関東(小田原)から北条家が出てきて「ぶつかったエリア」と言う事です。そんな背景を持つこのエリアの「城跡散策情報」として、今回は「名胡桃城、小川城、猿ヶ京城」をメインにご紹介します(また、この近辺のもう少しだけ外側の近辺にある、岩櫃城沼田城も別記事で紹介していますので、併せてご参照ください)。

【猿ヶ京周辺の城跡散策情報】

私達夫婦の住まう川越からは、車であれば、2時間弱で行けてしまうこのエリア。猿ヶ京温泉にも、何度か、、、



以下、有料での記載とさせて頂きますが、大人散策辞典 ”wiki stroll” ~tomoaki blog~」の Original 記事では、無料で開放しています。有料エリアのご購入、フォローによるクリエーターサポート等の応援は、喜んで受けさせて頂きますが、「大人散策辞典 ”wiki stroll” ~tomoaki blog~」の Original 記事と併せてご参照頂ければと思っております。

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