掌編ファンタジー小説「異世界伝聞録」その16
“光陰矢の如く。(Time flies.)“
……さぁ、狩場を駆け抜けましょう?
俺たちの不死者大隊掃討戦で最大の戦果を挙げた者は?
篝火たる俺は花火を空に打ち上げた。
魔界化した迷宮から現れた不死者は、霊素災害により発生するリビングデッドだ。ある灰の名が現れるまで半永久的な活動をし、エントロピーの上昇と共に魔界の領域を広げていく。
空に花火を打ち上げれば、星々の影響力を受けて蠢く不死者が一時的に動きを停止する。
それが狼煙となり。冒険者たちは魔界と化した大迷宮へと進行する。
エルフの自然導師ミュレアは灰色狼たちに戦化粧を施し、ドライアドを呼ぶ。周りの木々からヤドリギの槍を作り出し狼の戦士たちに託す。ドルイドの呪文が魔界にこだまする。
“mistletoe mistletoe.What is your body made of?(ヤドリギよ、ヤドリギよ。お前の身体は何でできている?)“
ヤドリギが邪なる者の不死を絡めとる。
戦士長ヴァルコサは鉄の巨魁、大鎚を大地に叩きつけた。衝撃波はまたもや不死者の進行を押し留める。
セルナークは魔術は使えないが、神官武装である破邪金剛石の短剣を以って先陣にて呪いのパスを殴り切る。
モース硬度10.0という、この世界で現存する最高硬度指標は異世界からの知恵だが、構造としての強靭さがフォルムにもなっている。
パスが切れた不死者はスピリットとなり味方が増えていった。
ファラとシドがそれに続く。彼らの動きも悪くない。
ある灰の名が響けば不死者はすべて灰になる。
霊素災害が収まるにはそれまで時間を稼げばいい。
鳥獣戯画の術理は未知数だが、トップ5には入るだろう。
フェイミィとドルチェルは前線には居ない。
代わりに後方支援を担っている。
幻魔(フェイ)のエルフ族で彼女たちの代わりに活躍するのは月光の弓使い、フェイルーンだ。
弓の貴婦人と名高いエルフの一人、フェイルーンには魔術の素養もある。
投げた木製ナイフには呪文が刻まれ、低級の不死者は当たったものから昏倒していく。
弓矢は複合的に素材を用いた強靭なコンポジットボウで、鏃は重い鍛造品。矢は篦(シャフト)を太めの材質にして、螺旋状に細かな呪文を彫ってある特注品だ。
彼女は呪文を唱えていく。
“Time flies…Lead is heavy. The power circulates throughout the body. Behold the flow of the wind. In the hunting grounds, shoot out of the void of the foolish.arrow. swallow.
光陰矢の如く……鉛は重く。力は全身を巡り。風の流れを見よ。狩場では愚鈍なる者の虚から射抜け。矢よ、燕のように。“
彼女の放った矢は、吸い込まれるように次々と不死者を射抜いていった。
“The flying arrows are stopped.(飛んでいる矢は、止まっている。)“
彼女は矢を回収しつつ先へと進んでいく。
俺たちは大迷宮の最奥に辿り着く。
……魔神王に実体はない。
ゆえにこれは幻だ。
「フィオラ……?」
途端、セルナークの動きが止まった。
青薔薇の如き幻影の主(ぬし)。
天より堕つるは魔神王がひとり。
怪異の王。
“あり得ざる者、スペクター。“
それは絶世なる美女の姿でこう言い放った。
「食い散らかして差し上げましょう。」
ーーー異世界伝聞録。
魔神掃討戦線「堕天回帰への異聞録1」