掌編ファンタジー小説「異世界伝聞録」その12
正しいものは基準でなければならない。
良いものは模範でなければならない。
悪は栄えてはならず、蔓延ってはならず、跋扈してはならない。
それが本当なら、正義とは如何にあるべきか?
……君はそれでも、善だ悪だと決めつけるのだろうね。
「僕は適当に生きて幸せに死ぬよ。」
「セルナーク?突然なにを?」
「あぁ、君には世話になったから。いつでも死ねるようにさ。もう僕は戦えない。」
「死ぬだなんて縁起の悪い。」
「いや、そうでもないさ。……あー、でも。君の笑顔が見られなくなるのはよろしくないね。」
「花(フィオラ)はどこへも逃げません。誰かに摘まれる前に、愛の言葉をかけて下さっても良いのですよ?」
「君はフィオラというのか。……それで、名前はなんて言うんだい? ちょっと口説かせてはくれないか?」
「……可哀想に。怖い夢を、見たのですね。」
「はははっ。あぁ、前の戦場では酷く悪夢だった。つがえた矢に魔物の肉の感触が伝わるようで、弓を投げ捨て戦場の真ん中で子供のように泣いているやつもいた。三日間怯え続けて飯も食えず耐えかねて自害する奴もいた。ある仲間の目は虚空を見て動かなくなった。深淵に触れた者の末路は、決まって冗談のようさ。気が触れて仲間に襲いかかるやつもいた。……あー。手間をかけるが、今の僕の名を教えてくれないか?」
「セルナーク……。」
「そうか、セルナークか。僕には幼馴染がたくさん居てね。名前は覚えていないのだが。」
「あなたは戦災孤児で、私とは同期です。」
「そうだった。仲間の血を止血しなければ。包帯は余っているかい? 少しもらえないだろうか。100人を超えたあたりからもう数えられないんだ。手伝ってほしい。」
「…………。」
「愛しているよ、フィオラ。」
「えぇ。わたしもあなたを愛していますよ。ですから今日はもう休みましょう。明日はお散歩しましょうね。」
「い、いやだぁーーーアッ!! 何をすれば良い⁈ 俺の命はあといくつある⁈ 仲間はまだ居るのか? 敵はどこにいる? あと何人殺せば帰れる? 俺は死ねるのか?」
「セルナークッ!」
「あぁ。フィオラか。おはよう。昨日はよく眠れたかい?」
「あなたはもう二日間うわごとを呟いています! 本当に死んでしまいますよ⁈」
「フィオラ……僕はもうとっくに死んでいるんだよ。愛していたよフィオラ。君はもう自由になるべきだ。過去は清算しなくてはならない。僕は無になるのだろう。」
「勝手なことを言わないで! あなたはまだ生きています。ただ気が触れているだけ! この死にたがり!」
「正義とは、振り翳してはいけない。振り翳したものは例外なく何かを壊すんだ。」
「…………。」
「正義とは基準でなければならない。良いものは模範でなければならない。」
「セルナーク……。」
「僕らはひどく不出来だよ。誰も完璧になんかなれやしない。」
「……あなたの好きな愛を教えて差し上げます。」
「おぉ! 本当かい? 愛とはなんだい!?」
「真実の過ちで、赦されるものを呼ぶのです。私がそう決めました。」
私たちがそういうと、セルナークは少し苦しそうに、だけどもすぐに寝息を立てて、涙を流しました。
どうか、願いが届くのなら。
彼に安息がありますように。
ーーー異世界伝聞録。
聖女の歌。