【お題小説】6.あなたの呪いを始まりとするならば
お母さん。東京の冬は、厳しいです。
気温は高いけれど、空気が乾燥していて、吹き付ける風に身体の水分をすべて持っていかれるような気がします。
ここで暮らして何年にもなるけれど、未だにこの季節には慣れません。
今年はひとりきりで、年末を過ごす予定でした。
夫と子どもが出て行ったためです。
結婚したけれど、私は「妻」にはなれませんでした。
お父さんに対して怒鳴るか無視するあなたしか見てないからです。
出産したけれど、「母」にはなれませんでした。
私に呪いをかけるあなたしか知らないからです。
夫と子どもは、私の顔も見たくないそうです。
私の方はそんなことはないのですが、でももう、二人の顔も忘れそうになっています。
ずっと、「お前みたいな出来損ないは何もできない」と言われ、何をしようとしても止められてきました。
ピアノ。新体操。水彩画。学級委員。
足が速いから、と推薦してもらったリレーのアンカーは、無理やり辞退させられました。
大学に進学したいと、学校の先生も説得に加わってくれたのに、願書は無惨に破かれました。
親戚や人前で「この子は何もできなくて」と常に落とされてきました。
あなたの元を離れて、何かをしたかった。
「成功者」になってあなたを見返したかった。
「妻」「母」「正社員」「資格保持者」色々な肩書を求めてきました。
でも結局私は、何者にもなれませんでした。
今、バスターミナルに向かっています。
これから夜行バスで、故郷へ行きます。
きっと東京へ出てきた日のように、一睡もできないことでしょう。
あなたは私に「何もできない」と呪いをかけました。
そこから足掻いて、足掻いて、何者かになろうとしたけれど、失敗に終わりました。
あなたの呪いで私の人生が始まったのならば、この呪いを解かない限り、私は何者にもなれないのでしょう。
だから、これからあなたに会いに行きます。
あなたの呪いを解くために。
「殺人者」となった私は、新たな人生を歩む。
私はやっと、何者かになれる。
あなたに会うのが、生まれて初めて楽しみです。
お題はお題配布サイト「腹を空かせた夢喰い」様からお借りしています。
今回のお題は「○○を□□とするならば」。
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