【お題小説】ほんとどうしようもない

※百合っぽく見えるかもしれない描写あり
※ちょいシモ


ほんとどうしようもない


 昼休み、教室に戻ってきた夕夏は、行きの「ちょっとトイレ~」とへらっと笑っていた様子と打って変わって、思いつめている、と表現しても差し支えないような、そんな表情をしていた。
「え、どうした。何があった」
 訊きながら、返答を予想する。
 お腹が痛い。思いがけず生理になった。トイレで吐いた。
 トイレの帰りで様子が変わったというと、思いつくのはこれくらいか。
 夕夏は重そうに唇を開き、そのまま数秒止まった後、
「なんでもない」
 と答えた。
「いやいやいや。なんでもなくはないでしょ。どうした。保健室行く?」
「や。そういうんじゃない。マジで」
 確かに顔色が悪いとか、そういう様子はない。でもあんな真剣な夕夏の表情を見ることなんて、そうない。
「……本当に大丈夫なん?」
 あまり引っ張りすぎても気分を悪くするかと思ったけどダメ押しに最後、訊ねてみた。

 夕夏は小さく唸り、両腕で頭を抱えた。
 顔が見えない状態で、くぐもった小声が聞こえてくる。
「トイレに行ったわけですよ」
 うん、そう言って出て行ったんだから知ってる。
「個室に入ると、まあ、スカートをめくるわけじゃないですか」
 通常の手順でいったらそうなる。しかしなんで丁寧語なんだ。
「そうしたら、己のパンツが見えるわけじゃないですか」
 あ、これ深掘りしない方がいいやつだ。雰囲気でなんとなく気づいたけれど、今更「やっぱ答えなくていいわ」とは言えない。
 仕方なく黙ってそのまま聞くことにする。
「そうしたらね。なんと。恐ろしいことに」
 夕夏は一言ずつ区切り、さらに息を吸って溜めの時間を作ってから、息を吐きだすと共にあくまで小声で告げた。
「パンツに、穴が開いていたのです」
 うん、そんな方向に着地するような気が、途中からしてた。心配して損した。

 顔を伏せたままでも私のあきれた様子を察知したのか、夕夏はガバッと頭を上げた。
「ちがうの。ただの穴じゃないの。パンツの前にリボンついてるじゃん。あのすぐ脇に、親指が突っ込めそうなほどの大きさで開いていたの!」
 何をどう力説しようと、ただパンツに穴が開いていたというそれだけの結論で終わるわけだが。
「あのね。布地を酷使する部分じゃなくて、リボンの脇だよ。ゴムのすぐ下。いったいどうしたらそんなところに穴が開くのか。わたしは一体、どんなパンツの履き方をしているのか。これは、わたしの普段のパンツの履き方に問題があるのかもしれないという、恐ろしい可能性を秘めているんだよ」
 知らねーよ。この話はもういいよ。
「その上、だよ。この穴は、履いてる間に擦り切れてたったさっき開きました、というものじゃない。履く前から開いていたはずなんだよ。なのに、朝パンツを手に取って、履くまでの間にまったく気づかなかった。トイレで気づくレベルの穴にだよ。それって、女子的にどうなのかって思うんだよね」
 いくら女子高とはいえ、教室で延々パンツの話をしている方が、女子的にどうかって話だよ。
「登校中外を歩いてるときも、おはよーって挨拶してるときも、授業受けてるときも、お弁当食べてるときも、ずっとわたしは知らないまま、穴開きパンツを履いていたことになるんだよ。今まで、いつもと同じ日常を送っていたと思っていたのに、わたしはいつものわたしじゃなかったんだ。穴開きパンツを履いているのに気づいていないという、ワンランク下のわたしだったんだよ」
 よくもまあ、パンツに穴が開いてただけの話をここまで膨らませられるな。
 いっそ感心していると、わたしが真剣に聞いてないからか、夕夏が焦れたように私の二の腕を掴んで揺さぶってきた。
「ちょっと、ちゃんと聞いてよー。ミクは、女の子のパンツに穴が開いているという意味を理解してない!」
 もうこの短時間に散々聞かされてるから、穴が開いていることくらいわかってるわ。
「そうじゃないんだよ。女子としてのプライド的なそれだよ。もっとちゃんと想像してみてよ。パンツの、ここだよここ。ここに穴が開いてるんだよ」
 夕夏は、スカートの上から自分の下腹部を指差す。
 制服を着ている、としか認識してなかった夕夏の身体。

 ふと、水泳の授業前に着替えているシーンの記憶が過った。
 私より全然でかい、おそらくFカップの胸。紺色のレースのパンツに、ほんのりお腹の肉が乗っていた。着痩せするタイプなんだな、とそのときちらりと思った。
 それを思い出してしまうと、無駄にリアルに、制服の下を想像できてしまう。
 多少くびれてはいるけれど、ふにょんと柔らかそうなお腹。イメージの夕夏は紺色のパンツを履いていて、夕夏が指差す正面中央やや左寄りに、親指大の穴が開いている。
 そこから、夕夏の肌が覗く。夕夏はテニス部だからだいぶ日焼けしているけれど、太陽に晒されない、それどころかおそらく家族以外ほとんど目にすることのないそこは、とても白いだろう。
 紺色の下着と、夕夏の肌の白さ。透視したんじゃないかというほど生々しく想像してしまって、咄嗟に目を伏せた。

 ほのかに熱を帯びた気のする頬を、夕夏から顔を背け、頬杖をつく体勢になることでごまかす。
「もうミク、ちゃんと聞いてってばー」
 夕夏はきっと、私がそんなに克明に想像したことなど、気づいてもいない。
「ほんと。どうしようもない」
 夕夏に向けて言ったはずの言葉は、ほんのり自嘲が混じってしまったけれど、ちょうど鳴り響いたチャイムで上手くかき消されてくれた。



お題はお題配布サイト「腹を空かせた夢喰い」様からお借りしています。

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