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【お題小説】12.ガスマスク越しに空を眺める

「本当にこの辺なんですかねぇ。土くればっかで、何かあった形跡もないんすけど」
 地面を調査してもいつまでたっても何も出てこないことに焦れて、高宮がぼやいてきた。伝声器越しの声は硬く響き、肉声よりも感情が伝わりにくい。それでもうんざりした様子は充分滲み出ていた。
 防護服は動きにくく、蒸し暑い。しかも一時間ごとに除染しなければならないため、いちいち地下まで戻らなければならない。少年から捜索の依頼を受けてからもう三日。成果は未だない。
「三年前の記憶でしょ。住居があったっていう座標が間違ってんじゃないすか」
「もし間違っていたとして、じゃあ、捜索をやめるか?」
 意地の悪いことを訊いてみると、高宮が押し黙った。おそらくガスマスクの下で、こちらに聞こえないほどの声で低く唸っているだろう。
 やめる気がないのは、訊かずともわかっていた。そして、ぼやきたくなる気持ちも。
「でも、もう三日っすよ」
 三日間、過酷な環境で捜索し続けた。しかしそれ自体が、心を折るわけではない。
「あの子は、まだ……」
 それ以上、高宮は言わなかった。
 それで充分だった。

 少年に会ったときのことを思い出す。彼からの依頼は、口頭で告げられたものではなかった。
 地下の仮設住居でベッドに横になり、左手の指五本にそれぞれセンサーとスイッチを取り付けていて、僅かな動きを駆使して文字を入力することで意思を伝えてきた。
 白々としたモニターに、文字がゆっくり浮かび上がる。
『なにもなくなった』
 三年前の災害で、少年は、人類は、地球は、あまりに多くのものを失った。
『かなしいとおもうよゆうもなかった』
 それだけの文字を入力するだけで、少年の息は上がった。ゆっくりでいい、と声をかけようとしたが、急き立てられているかのように彼は言葉を綴った。
『でもいまかぞくおもいだせるものほしい』
 家族を思い出せるもの。自宅にあったもの。たとえば家族が使っていた食器。櫛。爪切り。きっとそんな、以前は当たり前すぎて家にあってもなんとも思わなかったささやかなもの、今の彼はそれを切実に求めていた。
 少年の指が震えて、『いいいいいいいい』と打ち込むはずではない文字がモニターを埋めてきた。
「わかった、君の気持ちはわかった。きっと探してくるから」
 本心からそう告げても、彼は入力をやめようとしなかった。
 余計に入ってしまったのだろう文字を除いて読むと、こう読めた。
『ひとりでいくのはおもってたよりこわいすごくこわい』
 一人で逝くのは、思ってたより怖い。すごく怖い。
 「逝く」なんていって生きるのを諦めるな、とはとても言えなかった。それは既に覚悟をしている彼に向けていい言葉ではなかった。だから、
「君のもの、ご家族の持ち物、探して出して持ち帰るから」
と力のない言葉しかかけることができなかった。
 それでも満足したように少年は頷いて、そして目を閉じた。あまりに静かで、息をしているのか不安になるほどだった。心電図のモニターが波形を映していることで、彼の生命がまだ繋がっていることを知ることができた。同時に、残された時間はあまりに少ないことも理解してしまった。

 あれからもう三日が過ぎた。
 あの子はまだ、生きているだろうか――。
 目的のものをもし探し出すことができたとしても、もう手遅れかもしれない。その思いが、俺たちの心を折る。それでも。
「もう少し範囲を広げるか。除染まであと十三分。高宮、探知機持って北東に向かって歩け」
「なんで北東なんすか?」
「この場所からだと、爆心地が南西だったからだよ」
「あ、なるほど」
 諦めるという選択肢はない。
 薄汚れた風が吹く。数メートルしか離れていない高宮の背中がぼやける。
 地下に戻らなければならなくなるまで、あと十二分十一秒。
 たったそれだけの時間で、何ができるんだろう。
 この荒れ果てた地で、何が見つけだせるというのだろう。
 息苦しくなって、空を仰いだ。
 ガスマスクをしているせいで、空は灰色に見えた。いやきっとガスマスク越しでなくても、空は、以前青かったことなどとうに忘れた色をしているのだろう。
「ちょっとマツさん! サボってないで作業してくださいよ!」
 高宮の割れた声が、荒れた風と共に届いた。
「すまんすまん」
 慌てて視線を戻す。
 見つかるかどうか、考えても仕方がない。ただ今は探すしかない。少年が生きていると信じるしかない。
 何もない大地を、また一歩踏み締めた。



お題はお題配布サイト「腹を空かせた夢喰い」様からお借りしています。

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