【お題小説】マスクで隠した劣情
「席について。チャイムが鳴りましたよ」
私の声は、子どもたちの声量の前にあっけなくかき消された。
一晩中クーラーをつけていたせいか、夜2時までさきイカを噛み締めながら酒を飲んでいたせいか、喉が痛い。マスク越しでくぐもっているから聞こえが悪いけれど、これ以上大きな声を出せない。
出席簿を教卓に叩きつけて音を出してみる。何も影響がない。少し躊躇ってから、拳で黒板を叩いてみた。
私は、学校に行く途中、車に撥ねられるか何かして死んでしまったけれど、それに気づかずに、授業を行わなければという義務感でこの場にいる、幽霊なんじゃなかろうか。
そんなことを思うほど、私の存在は完全に無視されている。
教師が教壇に立っているというのに、3分の1近くが席を立ったままだ。
しかしうるさい。各々が好き勝手しゃべっているからというだけではない。
その細い喉のどこかに、超音波じみた奇声を発する装置が埋め込まれているのではないかという気がする。
子ども特有の、華奢な首。そんなに大きくはない私の手でも、握れるんじゃないだろうかという頼りなさ。
手を回して、ぐっと力を籠めたら、奇声発生装置がコリコリと掌に当たったりするかもしれない。それを薄い肌の上から摘み上げて、ぐしゃりと潰したら……。
スーツの下で肌が粟立つ。
込み上げるなんともいえない感覚に、マスクの下で私は舌なめずりをした。
ふと、当初求めていたはずの静寂が訪れていることに気がついた。
目の前の無垢な視線が、何か異常なものを察知したかのように私に向けられている。
慌てて、教師用の笑顔のマスクを作った。
「はい、静かになりましたね。では席について。授業を始めましょう」
お題はお題配布サイト「腹を空かせた夢喰い」様からお借りしています。
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