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【小説】愛しい愛しいと言う心㉗最終話《戀》

プロポーズ

 クリスマスの朝、清文の腕の中で小紅は目覚めた。
腕枕はしていないが、清文の長い腕で 包まれる様にして。
顔を上げると、清文は小さい寝息をたてて まだ眠っている。
目を閉じた清文は 力が抜けていて、整った顔は少し幼く見えた。

(まつ毛が長いなあ。)

とか、思いながら見つめていると、気配を感じたのか、清文が目を開けた。

「おはよ。」

小紅が声をかけると、眠そうに目を擦りながら

「ん、おはよ。」

と、言いながら小紅を抱き寄せた。

「体、大丈夫?」

「うん。」

清文に聞かれてそう返事をしたが、実は あんまり大丈夫でもなかった。

体の関節、特に股関節が痛いし、下腹も軽い生理痛の様な痛みもある。
何より、まだ体の中に 清文が入っている様な感覚が残っている。
清文が小紅の髪を撫でながら、額にキスをした。

「ごめんね。女の子は最初、痛いだけだよね。」

確かに こんなにも痛いのかと思う程 痛かった。
すんなりは入らず、ギシギシした感じで、少しずつ入ってきた。
小紅は、只々清文にしがみついているしかなかった。
清文が途中、

「キツ」

と、呟いた。
キツいのが いいのか悪いのか、考える余裕もなかった。
ただ、痛みの中に こんなにも幸せな痛みがあるのだと、小紅は初めて知った。

「バスタブにお湯張って来るから、少しあったまろう。体も洗いたいだろ?」

そう言うと、清文はバスルームに入って行った。
小紅が体を起こすと、初めての証がシーツに花びらを散らしていた。
戻った清文が心配そうに尋ねる。

「ホントに大丈夫?」

小紅は、少し恥ずかしそうに 清文を見上げて笑った。

「うん。少しあちこち痛いけど、でもホントに大丈夫。今、凄く幸せ。」

「もー、何でそういう事言うかなあー。もー、小紅、初めてだし、今日は我慢する。我慢するけどさあ。あんまり可愛い事 言わないで。」

言いながら、清文は小紅に 深く口づけた。
体を離して 小紅の手を取った。

「風呂入ろう。洗ってあげる。」

バスタブにゆっくり浸かり体が温まると、体の痛みも幾らか和らいだ気がする。
小紅の後ろから 小紅を包む様に湯に浸かっている清文が、時々小紅の肩に 手で湯をかけてくれる。
体が密着しているので、小紅の腰辺りに硬いものがあたる。

「あの、」

小紅がおずおずと、声をかけた。

「ん?」

「あの、さ、私いろいろ知らないから、ちょっと聞きたいんだけどさ。」

「何?」

「あの、んーと、あの、コレっていつもこんななの?」

清文は 最初何を聞かれているか解らなかった。
が、小紅が首まで真っ赤になって、うつむいているので、何の話かは察しがついた。

「あー、いつもこんなんじゃないよ。」

「そうなの?でも昨日からずっとそんな感じだから。」

「そりゃ、好きな娘と裸でいればこうなっちゃうって。」

「ふーん。」

小紅には男性のメカニズムが、よく解らない。
普段はどうなっているのかもよく解らない。

「私みたいな体でも、その気になるんだね。」

清文がまた、キュッと小紅を抱きしめた。

「小紅は体の事 コンプレックスに思ってるの知ってるよ。でもね、快感の事だけ言えば、小紅の体は凄く気持ちいい。」

「そ、そうなの?」

「うん。肌もスベスベだし、柔らかいし。気持ちいいって やっぱり気持ちだから、自分が好きな娘なら余計だよ。」

「ふーん。」

「俺、途中 泣きそうになったもん。」

「え、なんで?」

「怒らないでね。俺、今まで何人か経験あるけど、小紅を思うみたいに好きな娘は、いなかったんだよね。」

「うん。」

「俺も男だから やれば気持ちいいって思うし。」

「やればって・・・」

「でも、昨日 小紅を抱いて、もう、気持ちいいだけじゃなくって、愛しいとか、離したくないとか、幸せだーとか、いろんな感情がブワーって。」

小紅が思い出して言った。

「夕べ 途中で『キツい』って言ってたから、あんまり良くないのかと。」

「いや、いや、いや。もう めちゃめちゃ良かった。俺が自分で幸せだーって思ったの初めてだったもん。もうさ、小紅は俺しか知らないんだって思ったら余計に。」

小紅は体をひねって、清文を見た。

「私、今までモテなかったでしょう。でも清文とこうなって、清文にあげるためって訳じゃないけど、清文に幸せをあげられたなら、今まで恋人いなかったのも、無駄な時間じゃなかったのかな。初めての恋人が清文で私は幸せ者だ。」

清文は両手と両足で小紅をぐるりと抱きしめた。

「もー!小紅、好きだ。メチャメチャ好きだー!俺もたぶん、初めての恋人だよ。」

「?」

「俺、さっきも言ったけど まあ、何人かは経験あるよ。でも恋人って呼べるのは 小紅だけだって、夕べ気付いた。」

「? よく解らないんだけど・・・」

「恋ってさ、昔の字でこう書くんだって。
いとしい いとしいと いう こころ。」

と、言いながら清文は、小紅の手のひらに
        《 戀 》
と書いた。

「前の会社の広報の人が教えてくれたんだ。
俺にとって この字が当てはまるのは小紅だけだ。」

「 戀 か、すごい素敵な字。昔の人はロマンチストだったんだね。嬉しい。ありがとう。」

「のぼせる前に 上がろうか。朝めし食いに行こう。」

「うん。」

チェックアウトを済ませ、2人は手を繋いで 駅近くにあるファミレスに入った。
店内は、やはり朝帰りらしいカップルや、数人のグループで 混んでいたが、席は空いていた様で 待つことなく、店の中ほどの席へ通された。
各々にモーニングセットを頼み、運ばれて来るまでの時間を少し持て余した。
不意に清文が、テーブルの向かい側から手を伸ばし 小紅の左手を取った。

「あのさあ、年明け辺りにさ、この指にはめる指輪、買いに行きたいんだけど。」

清文は小紅の薬指を両手で触っている。

「え?」

恋愛事に疎い小紅にも、意味は分かる。
こんなに色々展開が早くて いいのだろうか。
戸惑っていると、

「ちゃんと、この指に嵌めるやつ、買ってあげたいんだ。・・・だめかな。」

清文が 大型犬の様な目をして小紅を覗き込む。

「だめじゃない、だめじゃないけど・・・」

「けど?」

「そ、それは その あの プロポーズ的な事だと理解していいんでしょうか?」

「もちろん。」

「あ、の、私で、いいのかな。私なんかで。」

「また、ネガティブ出てるよ。前にも言った。俺は小紅がいい。」

小紅は2、3秒間を置いて清文を真っ直ぐ見つめた。

「はい。よろしくお願いします。」

ペコリと頭を下げた。
その時、通路を挟んだ隣の席から

「うわっ、無いわ~。」

と、声がした。
昨夜の田沢達の騒ぎがあったばかりなので、2人はギクリと声の方を見た。
若い3人組の女性がいて、その1人が頬杖をついて こちらをみている。
清文が焦った顔をして、椅子から腰を浮かせた。
小紅は一瞬(また、元カノとか、そういうのかな?)
と、失礼ながら思った。

「お兄、サイテー。ダサー。なんで、こんな朝のごった返してるファミレスでプロポーズしてんの?」

違った。
妹さんだったらしい。

「しかも、なんかハッキリしないしー。彼女さんにプロポーズの確認させるとか、無いわ~」

清文は固まったままだ。

「もっとさあ、あるじゃん。雰囲気のいいレストランとかでさあ、指輪は一緒に選ぶとしても、バラの花でも用意したりしてさあ、かんがえなよ。女の子にとっちゃ スペシャルイベントなんだからさあ。」

清文が椅子に座り直して、やっと言葉を発した。

「もも、お前が何でここにいる?」

「いやいや、私らの方が先にいたんだからね。そしたら お兄達が来て、彼女さんはともかく お兄、ぜーんぜんこっちに気付かないんだもん。」

「だったら声掛けろよ。」

「かけようとしたら、お兄が彼女の手 触り出してさあ、もう、2人の世界?みたいなの作っちゃってたから声なんか掛けられないでしょうよ。」

「だからって・・・・・」

「まあ、面白いから どうなるか観察してたんだけど。3人で。」

ももと呼ばれた 妹さんらしい人物と同席していた2人が、何とも言えない顔をして 気まずそうに頭を下げた。
清文は あーとか、もーとか言いながら頭を抱えている。

「クリパのオール明けに 面白いもの見られたわ。」

ももは、ケラケラ笑いながら、コーヒーを啜っている。
小紅が どうしたものかと思っていると、ももがニッコリ笑って小紅を見た。

「初めまして。コレの妹で、内田もも と申します。なんか凄い失礼な初対面になっちゃってごめんね。ちょっと前から 兄貴に彼女が出来たっぽいのは知ってたんだ。変な感じになっちゃったけど、会えて嬉しい。」

小紅も腰を浮かせて頭を下げた。

「桜木小紅です。清文さんとは同じ会社の同僚です。あの・・」

何を言っていいのか分からない小紅に、ももはカラカラ笑った。

「いいよ。そんなかしこまんなくても。こんなヘタレな兄だけどよろしくね。いい人そうで良かったわー。前見かけた あの変なギャルみたいの連れて来たら、どうしようかと思ってたんだ。」

また同じ事をイジられていた。

「でさあ、盗み聞きで悪いんだけど、正月明けに指輪見るならさあ、4日辺りにうち来たら?お父も、お母もその日はいるし、私も4日は いるし。今日、1回家帰るからお母に話しとくよ。こーゆーのは早い方がいいじゃん。」

サクサクと話を進めていく。
清文がやっと口を挟む。

「お前、小紅の都合も聞かないでそんな勝手に・・・」

「だからそれを今聞いてんじゃん。」

なんだか兄妹ゲンカになりそうなので、小紅が割って入った。

「あの、私は4日、大丈夫だよ。実家も市内だし、年末年始、休みは特に予定入れてないし。」

清文をおいてきぼりで、ももが返事をした。

「じゃあ、4日の昼過ぎでいいかなあ。私、年末年始、この子達とスキーの予定なの。3日の深夜に帰るから 昼過ぎぐらいの方がいいんだよね。」

「だから何でお前の予定に合わせるんだよ。」

「えー?だって、どうせなら家族全員いた方がいいじゃん。桜木さんだって、いきなり彼氏の両親と会うより ちょっとでも知ってる人が多い方がいいじゃん。」

清文がため息をついた時、2人が頼んだモーニングセットをが来た。

「じゃあ、そんな感じで お母に言っとく。お兄も連絡入れといてね。邪魔しちゃ悪いから、もう行くわ。ごゆっくりー。」

ももが そう言って、3人は店を出ていった。

「邪魔しちゃ悪いからって、散々邪魔してから言うか?」

独り言の様に言って、

「なんかゴメン。ほんとにゴメン。」

清文は平謝りだ。

「大丈夫だよ。気さくな妹さんで良かった。」

「それだけじゃなくて。」

清文は小さく項垂れた。

「?」

「夕べも皆に 公開プロポーズとか言われるし、今もそうだし。俺、考えなしだから。」

小紅は、なんだそんな事かと微笑んだ。

「私、昨日から今日の事は、もう一生忘れないよ。ずーっと覚えていられる。」

清文はキリッと小紅を見据えて、身を乗り出した。

「後で もう1回よーく考えて、ちゃんと仕切り直しするからね。絶対するからね!」

子供の様な姿に小紅は 愛しさと幸せを感じていた。

「うん。それも楽しみにしてる。」

清文は大きく息を吐いて、椅子に深く座り直した。

「とりあえず、飯 食いながら、正月の事とか相談していい?」

「うん。そうしようか。」

この先、この人とずっと一緒にいられるんだと思うと、心からの安心感を覚えた。
喧嘩や色々な事も起こるだろうが、清文となら何とかなる気がする。
いとしい、いとしいと言う心を持って、楽しく 呑気に暮らしている20年後が、何となく想像できる。
パクパクと、気持ちよく食事している清文を見ながら、

 (月曜日舞ちゃんに報告したら、また驚かれるだろうな。両親に報告したら、もっと驚くだろうな。)

などと考えて、小紅は フフフ と笑った。

     愛しい愛しいと言う心 『戀』 終

 

最後までお読み下さって、ありがとうございました。
後日、裏話などお届けできたらと、考えております。
皆様の上に たくさんの幸せがあります様に
                光川 てる


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