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 我が身に起きた事を我が事と思う事ができなくて生きていった。
 それは事件とかエピソードとか発端とか原点とかで標すことができると思う。そんな二次的な作業はずっとあとになってから、何かのきっかけがあれば、記号を付けられるようになる。そんな二次的な作業に及ぶこともなく、名付けられる事も無く、痛みを感知することもなく、そんなこともあったなとも認識もできず、生きていることがフツーなのかもしれない。
 これを解説できる知見は私には無い。自分の経験を自分の言葉でここで述べてみようと思う。
 3.11の被災地の地元には、大きな揺れを経験されたがご無事であった方々がなさっている支援というカタチがある。そういう方々に出会ったことが、私の人生に、ある切り込みを入れるキッカケになった。
 私は大きな災害の経験は無いけれど、皆さんが語るお話がずぶずぶと心に刺さってきて、ワカルと思った。
 そして、自分の体内から出てきた言葉が「ああ、私が経験した事は「人生の津波」だったんだ」。
 事柄に名付けが出来る作業は、ヒトがヒトとして生きていくために不可欠である。言葉を使う生物だから。言葉で社会を構成している生き物だから。
 私は、自分の経験を「人生の津波」と言い当てて腑に落ち納得したことで、次の作業が自然と始まった。
 つまり、何かが起きて、それによる莫大なエネルギーで、自分の意思や体力が力学的に敵わないものがあって、気がついた時に、知らない島まで流され着いていた。その島がどこで、どんな海流だったのか、どうやったら、元に居た陸地まで戻れるのか、まったく地図も分からない。
 「津波に流されたのだ」と気付けたおかげで、今度は、流れ着いた場所から旅立つ方を自分の意思で向く事が出来た。元の陸地をめざして、ひたすら水を掻き分けて進んでいく。
 不思議な出会いが幾つも起こる。人生の津波で流され着いた地点から、これは津波だったんだ、戻ればいいんだと、海図も地図も無いのに、立ち上がって遠くに目線をやって、踏み出していった。まるでこっちだよと言われているような、人との出会いがあった。それは空から落ちながらフラフープの輪を幾つも潜り抜けてゆくように感じることもあった。
 3.11の日が近づいてくると、東日本大震災の話題が社会的に増えてくる。その話題に触れると、震災の体験をしてない私が揺さぶられるものがある。それは学びなのだと思う。ヒトが生き抜くレジリエンスを高めるためにこそ言葉はあるのだと思う。

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