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【PODCAST書き起こし】落語本のおすすめについて語ります。(和田尚久・三浦知之)全5話 その3
【PODCAST書き起こし】落語本のおすすめについて語ります。(和田尚久・三浦知之)全5話 その3
【三浦】青蛙房(せいあぼう)ってちょっと面白い名前の本屋さんですよね?
【和田】そうですね。アオガエルね。
【三浦】今もまだある本屋さん?
【和田】青蛙房は今から1年前に営業辞めちゃったんです。ずっと本出してなかったんだけど青蛙房自体はあったんですね。なんですけれども畳んだっていうことかな。
だから今、神保町とかに行くと、実は青蛙房から流れたゾッキ本という値崩れした本が出てるんです。
だから青蛙房の本、今買うのはちょっと安く買えるんです。本当は新刊本の値下げってしちゃいけないんだけど、そういう別ルートで出ちゃった本をゾッキ本と言いますけどね。
【三浦】ゾッキ本と言うんですか。
【和田】新刊本なんだけど安く売ってるやつ。
【三浦】ちょっと脱線しますけど、それで言うと神保町の三省堂の本店にも2階だか3階のあるコーナーに……。
【和田】ワゴンみたいなね。違う?
【三浦】今ワゴンじゃなくて結構広い本棚で、新刊なんだけど全部安く売ってるというのが。
【和田】だからそれがそれですよ。古本じゃないんだけど定価を崩して売ってるというやつね。
【三浦】あれ本当は駄目なんですか?
【和田】本当は駄目です。だから本というのはどこ行っても同じ値段で売ってるんです。それをやらないように規制しているんですけどね。
【三浦】あと同じような流れで言うと、これは平凡社から出ている『日本人の自伝』というものなんですが。私一つこれしか持ってないんですけど21というのが桂文楽と古今亭志ん生と三升小勝って。これそれぞれ別々で出てたものですよね?
【和田】これはそうですね。桂文楽『あばらかべっそん』、『なめくじ艦隊』。だから『びんぼう自慢』じゃなくて『なめくじ艦隊』という志ん生さんのちょっと後のほうの本に出てるんですよ。
三升小勝の『私の生い立ち漫談』となってますよね。
【三浦】これはまさに日本人の自伝だから、自伝なんですよね?
【和田】そうですよね。ただ志ん生の場合通常自伝というのは『びんぼう自慢』という本を割と指すことが多いんだけど、これは別の編纂をしたんだろうな。
文楽のは自伝であり芸談みたいな感じなんですけどね。
【三浦】桂文楽というと『あばらかべっそん』と著作としては言われますね。『あばらかべっそんって……。』
【和田】意味はないらしいんですけどね。でも文楽さんが落語の中で使っていたフレーズなんですよね。
【三浦】『あばらかべっそん』ってどういう局面で使うんですか?
【和田】なんか訳しにくいニュアンスですよね。なんて言うのかな……圓生さんで言うと「けしくりからん」みたいなそういう感じのことですね。
【三浦】ケシ?
【和田】「けしからん」のことを「けしくりからん」と圓生さんは言ったりするんだけど。
【三浦】なるほど。「あばらかべっそん」って1度聞いたら忘れないフレーズですよね。
『なめくじ艦隊』とかこの辺も今は普通に手に入りますよね?
【和田】あります。これは確か筑摩書房で出てるんじゃなかったかな。
【三浦】そうかもしれないですね。筑摩さんも落語の本多いですもんね。この辺がちょっとあの……。
【和田】僕は落語家の本で言うと、圓生さんのもこれしゃべったやつなので、もちろん文楽さんとかもそうですけど。自分で書いたという意味で言うと三代目金馬の『浮世断語』という本があるんですよ。
【三浦】『浮世断語』?
【和田】それはすごくいいと思います。
【三浦】本当だ、書いてある。
【和田】これは自伝ではなくて、三代目金馬さんのうんちくみたいなやつなんですよ。
【三浦】三代目の金馬さんって歯がすごい出てる人ですよね。
【和田】そうです。
【三浦】今の金馬さんのお師匠さん?
【和田】お師匠さんですね。『居酒屋』とか『孝行糖』とかやっていた人なんですけど。
この金馬さんは本当に自分でペンを持って随筆とか書けた人らしくて。だからそこがやはり志ん生、文楽とはかなり違うんですよ。志ん生、文楽は書けないとは言わないけど文章を書いたりする人たちではないので。
【三浦】やはり口伝の人たち。
【和田】そうです。読むほうはできるけどね、自分で書くという人たちではなかったんだけれども。この金馬さんは例えば『寿限無』というのがあって。「寿限無 寿限無 五劫のすりきれ 海砂利水魚」というのをこういうふうに言っておりますと。「この語句にはこういう意味があります」とか「これはここから来たんです」とかというのを、学者じゃないんだけど書くわけ。それがすごい面白いんですよ。
だから落語家の随筆という意味ではこれはすごくいいな、頭いい人なんだなという感じがします。
【三浦】なかなか噺家さんはもちろんしゃべるのが職業ですけど、書くというのを得意にしているかどうか分からないですけど専門じゃないですもんね。
【和田】だから金馬さんの流れで談志さんは『現代落語論』というのを書いて。談志さんがよく言ってましたよね。落語家で本を書いたのは……現代落語論のとき第1号と言ってたんだけど……。
【三浦】そうですね、そういうふうに帯に。
【和田】書いてあるでしょ? 「でも本当は僕の前に金馬師匠が書いてたんだけど」って。圓生さんとかはしゃべりでね。
【三浦】それはあえて自分が最初だと、そういうふうに言ったということですよね。
【和田】あとは桂米朝師匠の『落語と私』という本があるんですよ。
【三浦】米朝さんの。
【和田】これは本当の落語言論という意味で、ベリーベスト的な本だと思います。落語というのはどういう芸能なのかとか、それを実演家のほうから考えたり……なんだろうな、実践したことを書かれてたりとかというので、すごい本ですね。
【三浦】それは結構厚い本ですか?
【和田】いやいや、そんな厚くないですよ。僕が持ってるのは、文春文庫のバージョンなんだけど。
【三浦】あ、文春文庫。
【和田】あれたぶん最初はね、10代の読者を想定した本の1冊だったんじゃないかな。
【三浦】若者向けの。
【和田】若者向けの、本当、落語入門みたいなニュアンスだったんじゃないかと思うんですよ。
というような、なんて言うのかな、砕いた落語解説みたいなのりの本なんです、説明するというか。
【三浦】あんまり落語というものに親しんでない世代に……。
【和田】ない人に。
【三浦】落語ってこういうもんなんだよって。
【和田】ことをお知らせしますみたいな本で。例えば、落語の中でご隠居と、喜六なら喜六という人が話してます。「お前が冷え性なんやったらイノシシを食べるといいんだ」「イノシシどこで買えますか?」という会話があったとするでしょう?
「この喜六が家を出まして池田へと向かいます」これはいわゆるナラタージュですよね? ナレーションですよね?
この時に人物AとB、で別に語ってる人がいる。それ例えば桂米朝が語るんだけど、それをどういうポジションで語るべきかというのを書いてるんです。
【三浦】解説してるんですか。
【和田】そういうのとか、要するにすごく根本原理みたいなところを分かりやすく、しかも実演、やってる人の視点から書いてて面白い。
米朝師匠がおっしゃってるのは「枕で、電車に乗ったらこれこれこうですとか、大変に米が値上がりしましたなというのは自分でいいんだ」と。だけど落語の中に入って「それから喜六が家を出ました池田へと向かいます。というのは、その自分とモードを変えろ」と言ってるんですよ。
【三浦】なるほど。
【和田】「モードを変えた天の声にならなきゃいけない」というふうに言ってるんです。「その濃度を薄めなきゃいけない」と言ってるんですよ。
【三浦】登場人物とは次元を変えて。
【和田】そう。だからその、落語のですね、どっから語っているんですか? というものすごい根本の話。だけど実演家があんまり論じないことを語ったりしてるのが面白い。すごく面白いです。
【三浦】たぶん……たぶんというかその、考えてみれば落語をあんまり聞いたことがない人って、これどうなってるんだろう? と思いますもんね。
【和田】思いますかね。
【三浦】初めて聞いたら「あれ? これ登場人物2人いるけど、どういう位置関係なんだろう?」とか。それから「ナレーションをやる人はなんなんだろう?」って、もしかしたら思うかもしれないですもんね。
落語をよく聞いてる人ってそういうもんだと思って聞いてしまいますけど、それとっても面白い視点ですよね。
【和田】やはり米朝さんって知識の量がある人なので、そういうふうに登場人物の台詞と、それと別の状況説明のカメラアイが入るものというのは、じゃあどういうところから来たんだと言って。
例えば能の八島の中の狂言方がやる奈須与市語りというのがあるんですけど。源義経が奈須与市に「扇の的を射てこい」と言って会話がある。「かしこまってそのなんやらかんやらとあって、引きしぼって……」そこはナラタージュに、説明になるわけ。
「そういうふうに1人の狂言方が3人やって説明もするのが先行の芸能にあります」と。「それを落語はこういうふうに取り込んで、こういうふうなかたちでやってるんだと思います」というふうに書いてたり。
【三浦】なるほど、そこまで考えて書いてるんですね。
【和田】そう、これはめちゃくちゃ理知的ですよ。
【三浦】本当ですね。
【和田】これは、僕はうなずいてないんだけど、米朝さんは「落語というのは人物AとB。ご隠居と、例えば喜八なら喜八、喜六なら喜六という人がしゃべって、語り手が消えるのが理想形だ」っていうふうにおっしゃってる。
よく語り手が消えるってみんな言うんだけど、僕自身は語り手が消えた芸というのは見たことないんです。私落語好きですけど。
だからそこは未だに自分でも宿題だし、消えるってどういう状態を指してるんだろうなというふうに。でもそういう意味でもすごくなんか刺激的で面白い本ですね。
【三浦】投げかけをしてますよね。例えば米朝師匠の沢山ある録音で、実際そういうのがあるんですかね? その消えるという。
【和田】ご自分が消えたとは言ってないですけどね。この消える論というのは結構……でもそういうふうに言ってる人もいて。本当になんかあれの「クマさんとハッつぁんが見えた」ていう。だけどそれって僕に言わせるとどういうビジュアルなの? って不思議でしょうがないんだけど。
【三浦】そうですね。
【和田】じゃあ座布団だけ残ってるんですよ。座布団も込みで消えるんですか? とか僕は本当に思っちゃうんだけど。
僕は消えないのが落語の面白さだと思ってるんですけどね。
【三浦】演者はそこに凛然といるよと。
【和田】ものすごい顔を出して、そこのさばき方を見せてるのが僕は落語だと思ってるので。だからそれがパラレルなんですよ。
語っている人と、その当然頭に描いている、長屋なら長屋、山登りなら山登りの絵がありますよね。ということだと僕は思ってるんです。
【三浦】風景と高座と……。
【和田】パラレルにあるのが面白さかな、という気はするんですけど。
【三浦】そうですね。やっぱり落語の高座見ていて、そこの高座にいる噺家って見てるだけで面白いですもんね。その人が語る、その今山登りのような風景が頭に浮かんでくるじゃないですか。
【和田】浮かびます。
【三浦】それとこう、聞き手は想像の世界と高座の見えてる咄家と行ったり来たりするっていう、それが楽しい。
【和田】そうそう。あと米朝さんのこの本でものすごく具体的で面白いなと思うのは、落語というのは成り立ちから考えても本来は肉声でやるべきだと。
【三浦】肉声。
【和田】うん。とても大きな会場になったときにマイクを使ってスピーカーで音を出すというのは、まあ当然やってしかるべきなんだけれども、基本の考え方は肉声であるべきだとおっしゃっていて。マイクを入れるにしても音が強すぎないように、肉声にちょっと被せるくらいの、足してやるくらいがいいと言って。
ものすごく具体的なのは「300人のところまではプロだったら地声だけで語れなくてはいけない」と言われてる。
【三浦】今寄席に行ってもマイクありますもんね。
【和田】あります。で、今、寄席で声が小さいプロっているんですよ。
【三浦】咄家で?
【和田】咄家で。だけど僕は米朝さんの基準はやはり正しいと思ってて。もちろん小屋の作りにもよりますよ、音吸っちゃうところとかいろいろあるんだけど。300人のところだったら肉声でできるくらいのパワーを持っていてほしい。
そこで何にも聞こえないよというのは、ちょいと弱いんじゃないかなと思いまして。
【三浦】そうですよね。うん、確かに。
【和田】米朝さんが、ものすごい具体的に、300という数字を書いてるのが面白いなと思って。それはすごく正論だと思う。
確かに圓朝とか、この寄席育ちの圓生さんが子供の頃とかなんて……。
【三浦】そもそもマイクなんかないですもんね。
【和田】ないです。だからその代わり1000人の会場とかもなかったんだけど、それにしたって300人くらい入れてたはずだから。
今の、芸種は違うけど、例えば狂言だってなんだってマイクなしでやる。
【三浦】能もそうですね。
【和田】能ももちろんそうです。
【三浦】文楽もマイクはないですもんね。
【和田】だから能とか文楽というのは、ああいうオペラ式の出し方をするからあれなんだけど。だから他の芸もそうだったということですよ。講釈だってそうだし。
【三浦】出ないと駄目ですもんね。だから落語の場合は日常会話的なものでこそこそ小声でしゃべったりするようなシーンが結構ありますけど、それもやはり小声なんだけど、ちゃんと聞こえるようにしゃべらなきゃいけないということですよね。
【和田】そうです。だから声がはっきり通るというのは、一つのバロメーターになりますからね。
【三浦】そうか確かに……随分昔ですけど談志師匠が病気もされてましたし、声が出ないときありましたよね? あのときにとある神奈川県の劇場に談志師匠の独演会に行ったんですけど。
そのときマイク、PAが失敗してて。談志師匠がしゃべると全部ハウってまともに聞こえないんですよ。
【和田】上げ過ぎちゃってるんだね。
【三浦】そうなんです。これはね、もう全く何言ってるか分からなかったですね。やはり終演後にいわゆる主催者というか、会場の人に文句言ってる人が沢山いました。
【和田】それ息子さんから聞きました。神奈川県でやったときに、会場の音響がたぶん上げ過ぎということなんだと思うけど、うまくいかなくて、運営側にお客さんが詰めかけたって。
【三浦】それでもう、何も聞こえなくて。我々はもう帰っちゃったんですけど、たぶんあれ希望した人にはあとから払い戻ししたみたいですね。
本当聞きづらかったですね。
【和田】元々の談志師匠のボリュームも相当小さかったんでしょうね。
【三浦】そうなんです。元々小さかったと思います。
【和田】それを無理矢理上げたからゆえに。
【三浦】もう、しゃべったと同時にぶわーっとビリビリになっちゃって、これは聞けたもんじゃなかったです。
ある意味特殊な場に遭遇したなって思いましたけど。
【和田】ハウリングしたまま続いていってるんですか?
【三浦】たぶん調整しようにもできなかったんじゃないですかね。
【和田】そうなんだ。どういう状況なんだ。
【三浦】主催者側も、下げれば聞こえなくなるし上げたらハウるしってもう、なんて言うか……大混乱してたんじゃないですかね。
やってる技術者もその技術がなかったのかもしれないですし。たぶんそういうのってきっと、必ず数分でもテストはすると思うんですけど……。
【和田】テストは本人じゃない人が出してるはずです。
【三浦】ああ、おそらくそうですね。
【和田】前座さんとかが声出して「どうですか? よろしいでしょうか?」みたいな感じで。
【三浦】それでやったら、思いのほか談志師匠の体調というか声の調子が悪くて全然聞こえなかったという。
だからその時の印象も、何の話したかも覚えてないですし。ただ後味悪いなということしか残ってないですね。
確かに今寄席でも、もうマイク普通に小さい劇場でも使ってますもんね。
【和田】使ってますね。
【三浦】なんか使わないほうがいいなと思うとき……。
【和田】場所によりますよね。ちゃんとしっかり届くんなら肉声でやるべきだと思いますし、米朝師匠がおっしゃる通りだと思いますよ。肉声をベースに考えるということ。全部肉声でやれとは言わないけどということですよね。
【三浦】いわゆる寄席の外にも音出してるときありますもんね。演芸ホールとか。
【和田】道にね。
【三浦】だからそういうときは確かにマイクで拾って外に拡声するというのも大事なのかもしれないですけど。まあそれでも二次的三次的なもんですからね。なるほど『落語と私』ですね……。
テキスト起こし@ブラインドライターズ
(http://blindwriters.co.jp/)
---- 担当: ブラインドライターズ 角川よりこ ----
この度もご依頼をいただきまして誠にありがとうございました。
今回は演目そのものではなく、咄家さんがどのような視点で落語をしておられるのかなどを知ることができ、とても興味深く拝聴いたしました。
話しているのはお1人なのに、あたかも複数の人がいるように聞こえ、さまざまな登場人物像を思い描くことのできる落語は、とても不思議な世界だなと感じます。
次回落語を聞く際には、声の力やモードなどを意識しながら聞いてみたいと思います。
またこのような落語のお話をお聞きできることを楽しみにしております。