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墨黒屋敷の夜、からくり骨人形の夢
火付盗賊改として京正は、外道の手で燃やされた黒色の灰に沈んだ長屋を、毎晩の夢に出るほど見てきた。
だが墨黒屋敷だけは未知なる脅威であった。
いま、詰所に戻り、長谷川平蔵を前にしても、己が生きた人間のまま帰還できたのか、既に死に、生霊となり化けて出てしまったのか、ぼんやりとしてはっきりしない。
鈴虫は、静かに鳴いていた。
今夜は京正にとって、いちばん凍える夜だった。
「気ぶりの南蛮女に惑わされただけだ」
「やつは南蛮人じゃない」
「なら、咎人を恐れるな」
「ははは、咎人ね……平蔵さん、知っているでしょう? 俺の骨が入った人形。そしてそいつが夜な夜な、廓の娘を切り裂いていることを……」
平蔵はこつ、こつ、と、煙管の灰を落とす。
墨黒屋敷の噂が江戸で立ったのは、ついぞ1週間前のことである。
まこと不気味、炭と黒石にて出来た館。
雷をも恐れぬ鋭塔は、雲をも夜の月をも突き刺さんとす。
老中筋の話では、南蛮の者が住まう屋敷に似ているという。
京正は、この胡乱な屋敷の捜査にて、本来なら減封ものの失敗をしでかした。
だが、平蔵をもってしても次の手を打ちかねている。
「……それは奉行所へ、詰めぬ。だから京、おれだけに、何があったか話せ——」
京正は痛みある記憶をほじくり返す。
◆
俺は、まこと美しいと思ったんだ。
壁は漆よりも黒いし、庭に芝生を使えばこんなに青い場所になるなんてな。
あとは……ザクロが実ってた。俺はそいつをかじった。
そしたら、だ。
骨ばった華奢な女が俺をみて笑ってた。睫毛の長い美人だった。
背の高さは三尺もない。ちいせえ女だよ。
南蛮人の着るような黒い服を着てたが、手を合わせて挨拶したところを見るに、切支丹ではないと分かった。
思えばこの時逃げればよかった。
そいつは俺の手をとると、刀に添えさせた。そして言う。
「人形に使う骨がもうないの。お侍さんなら、斬れるでしょう」
香の甘い匂い。
俺は思わず、誰を斬るのか聞いちまった。
【続く】
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