ロスト・コントロール #パルプアドベントカレンダー2021
1
頭に星形の穴を開けて帰ってくる。
落ちてる新聞や、噂話で年に1回はたぶん聞く。日本でも外国でも、どちらでもあり得る話。
僕もその手の連中に加わると知ったのは、たった3秒前のことだった。
つまり、あれこれ考えてる時間もない。
新聞にはどう書かれるだろう。「岸芭市緑倉庫で殺人 チンピラの争いか?」……違うよな。多分記録されやしないな。
だって相手は、間違いなく、傭兵の連中だったからだ。
僕は半グレのギャングは怖くない。ずっと僕らの近くにいたからだ。でも、こいつらは、怖さのレベルが想像できない。
僕の隣でヤマンバは頭と胸と腹を正確に撃ち抜かれて、血のシャワーを作ってる。もう助からない。
ヤマンバ、彼女はチベットで魔術の稽古をつけてもらったと自称していたけど……。
こっそり彼女のスマホをハックしたとき、収納されてた書類は「サルでも出来る!手品入門」「XX式記憶術 追跡編」
……シャーマンなんかじゃなく、うそつきだった。
お得意の舌戦すら起きなかったのだ。
彼女が発したのは、ただの注意を促す一言
……「あっ」
……それが、遺言だった。
あと数秒もすれば、僕も同じく、みっともない遺言を言わないといけない。怖くて歯が震えている。
あと残っているのは、ケチなチンピラの佐藤柳。泣く子も黙る、ホニャホニャ団がどうとか言ってたけど、最早ピストル握る勇気すら湧かないようだった。
ゆっくり流れていた時間が、突然急加速した。
メガネについてるAR端末が、ありとあらゆる警告文を出してるせいだ。
真っ赤な三角、ビックリマーク。「データが破損しています」「Qドライブをリブートしてください」「14939x013でエラー」「エエエエエ」「ラララララ」「 」「× ×××××」「! 」
胸に抱いてる超性能侵入用電算機は、気がついたら煙を出して燃えはじめる。僕の呼吸は早くなる。
泣いてるし、きっと、今にもチビるだろう。
左を見れば、相変わらず、物理演算軟剛体みたいにスピンして血飛沫を飛ばしてるヤマンバの成れの果て。
右を見れば、「るあああああああ!」麻薬をキメて突っ込む佐藤。手にはカタナ。何処からキアイが湧いてるのか。ともかく、マジでカミカゼになる気だった。
だけど、倉庫の侵入者はいたって冷静だった。
(厳密には、僕らの方が侵入者なんだけど)。
佐藤は走る、走る。ぬいぐるみを踏もうが、クレートの破片を壊そうが、一心不乱にカタナを構えて敵の元へと突っ走る。
そして、入り口でライフル構えてペテン師を血袋に変えた件の傭兵へと向けて、刀をブンと振る。
「敵いいいい討ち取ったりいいいいいい!」
目玉をひん剥き佐藤は勝鬨をあげる。
やっぱり彼は馬鹿だと思った。
僕は気がついていた。
彼の背中には、ヤマンバを撃ち殺した傭兵が立っていたこと。
そしてそいつは、斧で佐藤の首を処刑人さながらに飛ばしたこと。
傭兵は一言も話さない。他にどんな仲間がいるのかもわからない。
すくなくとも、素人の僕じゃかなわない。次はなんだ。何が起きる。
……いや。考えたところで無駄だ。
そろそろ、僕の番が回ってくる。いったいどこで失敗したのか?
……全然予想がつかない。
死体になるのはわかってる。でも、噂みたいな知識を試すのも悪くない。
おそるおそる、両手を上げる。
ひょっとすると、殺されずに済むかもしれない。できれば、大逆転できるかもしれない。
ロクでもないよね。ほんとに。
+++
Lost Control
+++
2
夜の宝殿町通りは雨降りで、雪の残りを溶かし始めている。道はまだ白くて、スニーカーを履いてなきゃ、転がっている注射針を踏みつけてしまう所だった。
目を真っ赤にして転がってる女が、僕にくたばりやがれとサインで示す。
こういう風に、中指だとか、侮辱を目の前に突き立てられるのは慣れていた。慣れなきゃいけない。
ゴミを漁る時、食べられそうな弁当を探す時、吸えそうなタバコを拾うとき、そして仕切ってるヤクザに「どうか虐めないで」ってお願いする時。僕らみたいな子供は、だれだって中指を立てられる。
でも、立てるのは許されてない。前に一度、名前も知らない子がそれはキレイなファック・ユーを宣言したけど、気がついたら、僕は彼女を淦須賀に沈めることになっていた。
でも、しかたないな、と、思った。こういう事をするのは、はじめてじゃない。
強い人に逆らったら死ぬ。それだけだ。僕は死にたくはなかった。
おなかが空いていた。
中華料理上海亭と醤油の本田の間にある路地にいるおじさんに、何か弁当でも貰おうと思った。あと、靴もボロボロだったから、誰かの履き古しの片方を買いたかった。
あのおじさんの酷いのは、何かにつけて僕を遠く何処かに売り飛ばそうとする事なんだけど、ま、なんとかなるだろ。
ただ、今日はそこにはおじさんはいなかった。
代わりに居たのは、高そうなスーツを着て、泥まみれでうずくまってる女と、そいつをボコボコにしている連中だった。
声を掛けた。
「やるか、ガキ」スキンヘッドが答えた。
俺は手ごろな鉄パイプを手渡された。
二つに一つかも知れなかった。首を横に振ってる女の代わりになるか、それとも……。
明日の事は明日考えたらいいや。
スーツ女に恨みはなかった。思いっきり殴った。
○○〇
連中はいなくなっていた。
女は死んだ。
「……金目の物は……?」
その女は、何か大事そうに、大きな機械を抱えていた。いくつかモニターがあって、ボタンが付いてて、ちょっと水色とかに光っててカッコイイ。
詳しい事はよく知らないけど、ハンドウタイがたくさん使われていそうだった。ハンドウタイが使われてるというのは凄い事だ。お金になる。
あとは金とか銀とかも取れそうだった。きっと両手いっぱいにあると思う。助かった。これだけあれば、1週間は何もせず遊んで暮らすことができる。きっと組織の人間とか、組合の友達だって、何か尊敬してくれる。
まだ電源は入っていそうだった。その証拠に、何かピコピコ光っている。
ちょっとモニターを触ってみた。
何も起こらない。だけど、「それはサイバーデッキだよ……ボク」急に声をかけられた。
声の主は、僕の目の前で死んでる女だった。
「……生きてるのかよちくしょうめ」
「最後の一発は凄くきつくて痛かったね……ふふ」
その女は立ち上がった。不気味だったのは、生き返った事じゃなかった。頭から流れ出す血がどろどろと黒く変わって行って、雨でも流れないし、その上、夜の今でもはっきりわかる程、その人の周りだけ極端に暗くなっていった。
そうして流れ出した血は、まるで服みたいに彼女の体にくっついた。くわしい名前は知らないけれど、とにかく、ドレスになった。
身長は凄く高い。ずんと圧迫感がある。
あとおっぱいも、ものすごくでかい。
「……なんです?」
「ジーニですわよ。あなたが拾ったサイバーデッキの妖精さ」
「なんなん?」
「ジーニ知らない? ディズニー見ない? 残念。良い冗談だとおもったのにねえ……」
この人は何だか、ちょっと外国かぶれの言葉を喋って外国かぶれの服を着て、ドープがどうとか、チルがどうとか言ってるヤクザのようなにおいがした。ぼくの、だいっきらいなやつだ。ようするに、大麻のにおいがしみついてるのだ。鼻がいいからすぐわかる。
「名を名乗れ」
「そおねえ……こおいうのは……どうだろうねえ……ふふふ……私はうつろ・ほろろ……」
ヘンな名前だと思った。聞いたことが無い。見てくれがヘンな人は名前もヘンなのかもしれない。
「……今なんて?」
「ウツロホロロよ……2度も3度も4度5度も聞くだろうから教えたろう……キョ数のキョに、青空の空。コクウって書いてそう読むのさ——」
ザンネンだけど、僕はどういう字を書くか想像が出来なかった。女の人は、ちょっとだけ間を置いてから、さらに付け足して言った。
「——よくわたしを殺したなア少年……願いを三つ叶えてあげよう」
「さっきからなんだグダグダと。おまえに関わる暇はねえんだ。生きてるんならとっとと金よこせ」
「それでいいのかい?」
「何が」
「お願い事だよ……ひひひ」
話がかみ合わないとおもったけど、この人が頭を強く打ってるせいでこういう話になったなら、ちょっと好都合だった。有り金全部渡してもらえるなら、それはそれで僕はうれしい。”上の連中”に今月納めるお金が全然なかったところだった。今月もまたぶちのめされる。
そうじゃなくなるのだ。これは凄い事だと思った。
まあ、今すぐお金をくれなくても、突然もう一回頭をぶん殴ったり、パイプで胸を一突きできるようなスキだらけだ。こういう女の死体とか、半殺しのやつは結構高値で引き換えられる。
だいぶ背が高いので持ち運ぶときは重いだろうけど。
「ま、まあうん」
「手を見てごらん」
「なぜ」
「ガタガタつべこべ言わないっ。どうしてこーもガキってのは——」
僕は左の手のひらを見た。見たんだけど、あまりにも突然で尻もちをついてしまった。
さっきまで左手には何も持っていなかったはずなのに、僕が手のひらをひっくり返した瞬間、まるで最初からそこにあったみたいに、万札の束が乗っていたのだ。
「——素直でいいねえ……」
僕は鉄パイプを投げ捨てて、お金を数える。1枚、10枚、いやもっとだ。それ以上ある。いっぱいある。
「きみが望むだけの額があるんだよ」
「えっ」
「君が望むだけ、ね」
僕の頭を撫でてきた。僕は彼女の手を振り払った。きもちわるいやつ。
「ふうん……」
ニタニタ笑いをしている。こんな事だって予想してたんだぞ、と言わんばかりの様子だった。何がおかしいんだ。
「それで。君はどーすんのさ。君は望むだけのことが出来るんだよ……ふふふ」
流石にこういうのは無理だろう。
「……クソ野郎をやりに行きたい」
「いいね」
3
どうやって寝て、どうやって起きて、何を食べたのかは覚えていない。
ただ、ここで何が起きたのかは、これから二度と忘れることがないと思う。
鉄鍋工場跡地で生きているのは、僕とお姉さんしかいない。
ここをアジトにしてた、チーム凄武は今日限りで解散した。解散というより、壊滅のほうが近かった。
僕の数十倍も大きい脅し屋も、僕の何百倍も頭がいい参謀も、その他もろもろの人らも、全員まとめて死んでしまった。3人目以降、何人かは数える気が起きなかった。
どうやってやったのか?
ただ、鉄パイプ1本でちょいと殴っただけだ。
そしたらそいつらは、何か悪いものでも食べたように、急に苦しんだ後、そのまま動かなくなって、口や目や鼻からどろりと血を流して、ばったりと倒れたのだ。
全員が全員そうだった。頭をちゃんと殴ってない奴でもそうだった。
あまりの事に僕はびっくりしている。
人がここで大勢死んだ。それくらいしか表現できないのに、もっとすさまじいことが起こっている気がして、頭がバクハツしそうだ。
やれることと言えば、ぼろぼろのソファに腰かけることだけだった。
背中では、お姉さんがまたハッパを吸っている。僕には一つも分けてくれない。
「あんた……やるね……くひっ」
「おねえさん……なにをやった?」
「私はただ、お手伝いをしただけさ。全部はね、そう……君さ。君がやったんだよ。おつかれさま」
お姉さんは僕の顔を後ろから覗き込む。
「死体の山の上に座る気分はどうだい?」
「……わかんない」
「わかんない、かあ。君は凄かったよ——」
彼女は長身を活かして、死体を一体腕で掴んで、僕の方へと引き寄せて見せた。ちょうど顔面が僕の目の高さに来るようにだ。死んだ時の顔がそのままで凄い気持ち悪い。
「——無慈悲、無慈悲でさ。てっきりお願いが『クソ野郎を殺したい』だから、ちょっとお金の取引をして、それから親玉を殺る気でいたと考えてたのに、この田舎のどチンピラ連中、一人残らずやっちゃうんだもの……あとそうだ、あんたの顔面にいるこいつ、私に致命傷負わせた野郎だねえ……いまとなってはどーでもいいけどォ」
岸芭市は狭い。通りの連中なんて固定されてるから当然だろう。それだからこそ、ぼくは思う。
「……きらいなんだ。こいつら。お金納めないとボコボコにして来るし。外に出ようにも、僕の友達使って脅して来るし」
「ああ、『君が良くないことをやめたり、お金を納めたりしないと仲間全員沈めるぞ』みたいなアレ?」
「うん」
「ほんとにあるんだ。私の知らない文化を知れて興味深いわ」
ふざけてるんじゃないの、お姉さん。ホントの事なのに、ホラ話を聞くみたいに『興味深い』だなんて。凄いやつだと殺される、使えなくても殺される、そうじゃなくても、気に入らなければ殺される。
すごい怖い事なんだ。
言い返してやりたいけれど、すぐにお姉さんの独り言。
「『これがリアル』ってやつねえ。君たちのよーな子供は、最初からこの世界に存在していない、みたいな扱い受けてるから……そこに付けこんだゴミクズどもは……アリンコのように踏みつぶしても構わないっていう訳ねえ。まったくとんでもない世の中じゃないかなあ……ふふふ」
「……僕はアリンコなの」
「ま、頭でっかちのおばさんのつぶやきさ。聞こえてた?」
「うん」
お姉さんはキセルを強く吸い込んだ。
それからしばらく、静かになる。カラスの鳴き声が良く響いている。
ようやく、死んだ人の臭いがし始めた。こんなにくさいものとは思わなかった。何気なく嗅いできたのに、今日という今日は鼻に突き刺さる。
お姉さんはあくびをした。
「それで少年。野暮なこと聞くけど、あんた学校は?」
「行ってない」
「あらま。キョーイクキカンに勤めてた人間としては、悲しむべき事態だわ。12歳ちょいでしょう? 途中でフケたりした感じか?」
「フケる? なんのこと? それに、あの場所が何をやってるのか、くわしく知らないんだ。気がついたら、行ってなかったから。それが当たり前になってるから」
「失礼なこと聞くけど……ご両親はいるのかい?」
「……なにそれ」
お姉さんは『うげ、マズい』って感じの顔をした。お手本のような『うげ、マズい』だった。急に僕の隣に座った。それから、僕のおでこに人指し指をあてる。僕の目を見て言った。
「ちょいとビリリとするよ……」
ばちん。
頭の中で花火が上がる。
「……何したの」
「ちょいとしたまじないをかけたのさ」
「ま、まじない……?」
「君のスポンジみたいな脳髄にチョイと一本、目覚めをね。何か気がつくことはないかい?」
気がつく事……と、いえば。
……なんだろう。
「この効果は君が気がつかないうちに現れるんだ。後で響いてくるからねえ……先行投資をさせてもらったよ」
「つ、つまり……?」
「もし一人で生きることになっても、怯えることが無いようにしたのさ」
この人は一体何をしたんだろう。
これまでの事から予想してみる。何も無い所からお金は取り出すし、ちょっと殴っただけですぐにクソ野郎をぶちのめせるようにしてくれた。
……もしかして、僕に凄い力をくれたのでは。
それならうれしい。
でもなんで。
ちょっと聞いてみることにした。
「あの、お姉さんは何が目的な訳?」
「きみを甘やかしてあげたくてね」
「あ、甘やかす」
「いやー、最初はさ。単におふざけのつもりだったんだよねえ——」
彼女はケタケタと笑いだした。なんだかこの廃工場全体が震えているような笑い方だった。
「——私、君をちょーっとね、気にかけたくてね……ちょっとプレゼントを上げたいと思ってたんだ……この街は生憎治安が悪化してるし……ちょうどいい。ヤクザの抗争だってあったろ。胸が痛い話だからこそ、さ。私みたいな篤志家にはピッタリだ」
「ぼくの街をバカにしてるの?」
「事実を述べただけだ。悪く思うなよ。こういう事を言うのは、私みたいな連中が良くやらかす癖だから早い事慣れて欲しいねえ」
半年ほど前、確かに弩棲桐組と中国系の拿牙《ナーガ》との間で大規模な抗争があったのはたしかだ。なんでもお互いの橋渡しをしていた男が死んで……ということらしいけどあまり詳しくは知らない。僕にはあんまり関係が無い事だ。
「あのさ」
「なんだい」
「ぼくにやった事をさ、ほら、願いを叶えるって奴を……他の皆にもしてほしいんだけど」
「……それがお願いなら、そうしてあげるよ。良いかい君、私の叶える願いは3つだ。どう使おうと君の自由なんだからね。君は今、2個願いを叶えたわけだ。あともう一個は、その場のノリで考えちゃダメさ」
……お前だって、その場のノリで僕に3つの願いをあげよう、と言ったくせに。
ホントにこの人は何なんだろう。
もっとこの人のことが知りたいと思った。
……望むなら、こういう、静かに話す時間がもっと欲しい。
だけど、そういうときに限って、邪魔者はやってくる。
「オイッ! 正午定例の時間に連絡なくてッ! この死体はどー言う事だこのクソガキャッ!」
銃を持ったスーツ連中と共に現れたのは、ミリタリージャケットのおばさんだった。
なんてこった。僕はこの人を知っている。
というか、ちょっとでも、「わるいひとら」と関わっていたら、知らないわけがない。
この顔を見たら逃げた方がいい筆頭だ。
弩棲桐組、最悪っていわれてる組長代行の紅葉わかばが、ここに来るなんて。
4
「どう責任取ってくれんの? 坊や? ええっ?」
「あのさあ~。私はそっちのルールとか知らないが……たかだか十数人カスがあの世に行く時期が早まっただけじゃないのかい?」
「あたいはな、この目の前にいるチビに聞いてンだ! いちいちよそ者がでしゃばるなッ」
僕は黙っていた。わかばは、マイナスドライバーで僕のほっぺを突き刺してくる。やけに冷たいし痛かった。
「血の代償ってのは血を以って贖うのがお約束だろ?」
「……僕が何をしたって言うんですか」
より深く刺す。
「何をした? うちの子飼いの便利な連中を閉店に追い込んだんだよ。お前は知らないかもしれないがね」
「僕はどうしたらいいですか、何したらいいですか」
「お前の事はよーく聞いてたよ。なんでも黙って仕事をこなしてたらしいのに……今じゃ、一丁前に口答えするんだねえ。いいだろ、気に入ったわ」
わかばは近くのスーツに合図を送り、そいつらが鞄に入れてたらしい、紙束を受け取った。軽く会釈してた。
「お前にゃ勿体ないが、ここでおっ死んだ連中が最後にやり残したコトがあるんだよ。できるだろ?」
「何をですか?」
「できるかできないか」
「……できます」
すぱあ、と、ほろろ姉さんがキセルを吸う。彼女は何も言わない。
○○〇
やるべき内容はこうだった。岸芭市緑倉庫には、大麻樹脂のカタマリがたんまり保管してあるらしい。普通の倉庫を装ってだ。しかもこのカタマリ、南米から来た連中がこの界隈でシゴトするのに足がかりにしているそうだった。
——「お前の任務は簡単だ。見張りをアンタ流にシメて、中にあるブツを奪い去るだけでいい。楽勝だろ」
たしかに、今の僕にはなんだって出来る気がする。それでも、この手のタタキの任務はやったことがない。いったいどうすればいいんだ。
そのことについても、わかばは言っていた。
——「仲間を2人つけてやろう。ケジメをつけるための仕事だが、失敗しちまうのは困るでの」
そいつらは、あと1時間もしないうちに来るらしかった。
また二人きりになった倉庫にて(死体は掃除された)、ほろろは言った。
「どーすんのさ」
「……やるしかないだろ」
「もし少年がその気なら、『逃げる』って言えば願いを叶えてあげるよ」
「む、無理だよ」
「何が?」
「……僕らはここじゃなきゃ生きられないんだ。ここから外を見たことが無いし、それに、それに、ほかの皆だってどうなるか分かんないんだ。あいつらを怒らせたらどうなるか……ここで何とかしないと……なんとか……」
「それで君は何がしたいんだい」
「この仕事を簡単に終わらせられる力をくれ」
「……ほんとに、それでいいんだね?」
……僕ならできるはずだ。
5
夜、岸芭市緑倉庫。
とても冷え込んでいて、集まったメンツも、僕も、白い息を吐いている。
一人はヤマンバ。セーラー服のお姉ちゃん。しごとの時もこの格好なのが変すぎる。
曰く、「気を一番掴みやすい」とのこと。チベットで魔法を修行したとか、なんとか。さっき、ペンを浮かせていた。陽動役兼、交渉役。
この場合の交渉というのは、物事が上手くいかなかった時、どうやって折り合いをつけるかみたいなことらしい。
もう一人は佐藤柳。突破役。サムライを気どってるらしく、得物はカタナとピストルだけだ。ちょっとカッコイイ。なんでも、泣く子も黙る銅龍団にいるとか。
ヤマンバは言った。
「ガキー。お前は何ができるんだっけー」
僕は抱えている超性能侵入用電算機を起動して、ARメガネと同期させる。
さっそくデッキは、監視カメラの電波を拾ったらしく、デッキのつまみをちょこっと弄ると、カメラにほんのりとついていた、LEDの灯りが消えた。
メガネの表示には「INSTALLED」とデカデカ書かれてる。
「これで満足かな?」
「すっげえー。よくわからんけどー」
ほろろ姉は言っていた。『機械も現実も、同じ仕組みで書き換えることができるんだよ』と。現実の方は分からないけど、でも、僕はこうやって”侵入役”をできるようになったんだ。
今の僕は無敵だ。
でも、遊んでる暇はない。さっさと終わらせないと。
僕はすぐに、この力であたりの機械を片っ端からスキャンし、面倒が起きそうなものは片っ端から停止させる。しりとりをしていくみたいに、線の繋がりを辿って、できるところまではやる。
3分くらいしかかからなかった。
佐藤は僕が満足しているのに気がついた。
「終わったらしいなァ! 行こうぜ」
僕たち3人は倉庫へ侵入する。カギは佐藤が刀で斬って開けた。
○○〇
倉庫の中は、たくさんの段ボールが積み上げられていて、棚にきちんと収納されている。その等間隔な様子は、まるでマルバツゲームの『井』の囲いの様だった。
警戒を続ける。どこに誰がいるかとか、注意深く。でも、いまのところ誰とも見ていない。
「……ヤケに静かだねー」
「そうだなァ」
僕は背中を叩かれた。こういう時は、「お前が見て来い」の合図だった。
空き巣の時もそうなんだけど、僕はチビだから隙間に入れるから、っていって、こうやって先に行く羽目になる。
仕方ない。
僕は小走りで、棚の間という間を見て回る。なにもない棚をくぐったり、何かあっても押しのけたりして、狭い所も、ちょっと無理して入ってみる。
だけど、何もない。
本当に、この倉庫には誰もいないのだ。
「やべえぞ!これを見てみろ!」
入り口の近くでまた連中が呼んだ。
彼らは、しびれを切らして棚にある段ボールを丸ごと引きずり出し、全部片っ端から開けたようだった。
もう何も言う事はない。
連中が空けた段ボール箱の中身は、真っ赤な服を着た白髭の男のぬいぐるみしか入っていなかったからだ。
「サンタクロースだあ……」
ヤマンバは言った。
そして、倉庫の入り口の方を指さした。
「あっ」
……それが、遺言だった。
ヤマンバは頭と胸と腹を正確に撃ち抜かれて、血のシャワーになってしまった。
「伏せろッ!」
入り口からやってきたのは、恐ろしいやつだった。明らかに、僕らを殺しにやってきた。
何かやつは投げた。
バクハツ。
6
僕はひたすらに、デッキのキーを叩く。何か突破口が欲しかった。
というか本気で怖かった。ちょっとどういうことだ。銃声は聞こえるし、急にデッキの動作が止まり、
メガネについてるAR端末が、ありとあらゆる警告文を出し始める。
真っ赤な三角、ビックリマーク。
「データが破損しています」「Qドライブをリブートしてください」「14939x013でエラー」「エエエエエ」「ラララララ」「 」「× ×××××」「! 」
そしてデッキは壊れてしまった。
ここからは、もう祈るしかなかった。何に祈るかはわからないけど、とにかく、両手を上げて、祈るしかない。
やつがゆっくり歩いてくる。そいつは目出し帽をかぶっていて、どういう奴かはわからないけど、いたって冷静だった。
つまり、手を上にあげるのは意味がなさそうだった。
あと数秒もすれば、僕も同じく、みっともない遺言を言わないといけない。怖くて歯が震えている。
佐藤は斬られて死んでしまった。
もう、事態は僕の手を離れてしまった感じがした。紅葉わかばが言っていた言葉が、頭の中で跳ね返る。
——「血の代償ってのは血を以って贖うのがお約束だろ?」
ようやく理解した。
ここに集められたのは、南米の連中をお仕置きするためじゃない。僕らを始末するためだ。だから失敗が出来ないのだ。
そして僕の方と言えば、「この仕事を簡単に終わらせられる力」をもらっただけだ。
どうなるかは目に見えている。ここで終わるのだ。
「……」
目出し帽は、黙って僕の首元に斧を当てる。
「……ガキか」
「……」
「仕事は仕事だ」
「……」
「死ねッ」
僕の番が回ってくる。いったいどこで失敗したのか?
……あまりにも、振り返るべきことが多すぎる。
僕は目をきつく閉じた。こうしたら、いつ僕の首が吹き飛んでもこわくはない。
「制御不能、ッて感じだねえ」
聞いたことある声がした。
きっと死ぬ前には会いたい人の顔が見えるらしいから、たぶんそれだろう。
僕はアタマをぶっ飛ばされた後なのだろうか。
「高い機械をおじゃんにしてさ。また死体を転がしてさ……ほら……ヨッと……」
何かがはじける音がした。生暖かいものが、僕の顔にかかるのを感じる。
目を開いて、拭ってみた。血だった。
そして——
「……ばっちいだろ?」
脚が2本転がっていた。目出し帽が立っていたはずの場所には、ほろろ姉が立っていた。
たぶん、想像するに、目出し帽は……
彼女によって吹き飛ばされたのだ。
「話はあとさ」
急に目の前が暗くなった。
○○〇
ほろろ姉が何をしたのかは、結局分からず仕舞いだった。
僕は助かったらしい。さすがにそれは、なんとなくわかる。
「お、お姉ちゃん」
「どうしてちゃんといい子にしてないとだめか知ってるかい?」
「……?」
「自分の力で出来る事と、出来ないことの区別がつかなくなるためさ」
「……つまり?」
「君は死体の山を作って、何を感じた? いや、その前だ。お金をたくさんもらって、何を感じた?」
いまなら、少しだけわかる。だってさっきまで、その気持ちでいたからだ。
「……絶対無敵でなんでもできる」
「その気持ちは大切だけどね……呑まれちゃうとどうなるかは……身をもって分かったね?」
「……はい」
制御ができなかった。僕の手から、物事が離れた。ほんの些細なことで、ぜんぶ台無しになる。
「……だからって、君はみじめな目に遭い続ける必要はない。先行投資が今効いてくるわけだけど……乗るかい?」
7
布団の上で目を覚ます。
朝が来た。
「……?」
僕の布団の傍には、一枚の手紙が置いてあった。
なんだか、酷い悪夢を見た気がする。ちょっとスマホで調べてみる。一日1時間とか縛られてるけど、まだ家族のみんなは起きていないから大丈夫なハズ。バレなきゃ問題ない、問題ない。
気になったから今日の給食を見てみる。
フライドチキンだった。ほんとうに、僕は凄いラッキーなのかも。
さっそく学校に行く準備をしなくちゃ。今日も楽しい一日が待っている。友達も待ってる。
……なにか、忘れたかもしれないけど……。
夢で、とても大事な何かに遭ったかもしれないけど……。
……たぶん、いい日になるかもしれない。
○○〇
ほろろはまだ、倉庫の中にいた。落ちていた生のジャガイモをかじった。全然おいしくはなかった。
「……虚無い」
自分が気にかけた子が、自分を忘れて、どこかに行ってしまう。
これまでの経歴をすべて何処かへ捨て去ったうえでだ。もう、あの子を知るのは、自分一人しかいないのである。
『仕込み』とはつまり、記憶を無くして、別の記憶を植え付けることだった。徐々に気がつかないように。自分の事を忘れるように……。
きっと、あの少年は良い夢を見たのだろう。そう願うしかない。
でも、虚無的な感情になってしまう。心に穴が開いたように。
彼女は一冊の、ぼろぼろの手帳を取り出した。
如何に効率よく、悪い子を懲らしめるか。いかに効率よく、改心をさせるのか。そういうコツが、びっしりと書かれている。
彼女はそれを全部無視していたが、結果が同じなら関係のない事だろう。可愛そうな悪い子は良い子になったのだから。
「毎年、私も飽きないもんだねえ……。これを仕事にしたくはないけども……虚無いからね……さあて……帰りますか……」
ほっ、ほっ、ほっ、と言ってみる。声が響いて、なんだかおかしかった。
女が立っていた場所には、黒い、濃い影が焼き付いていた。
(おわり)
担当者による解説
さあて次回のパルプアドカレは!
遊行剣禅さんの、『Xmas・サタデイ・ナイト・フィーバー』
でございます!
たぶんタイトルからして明るい話だから、寒暖差で風邪引くなよ!
それでは御機嫌ようッ!メリークリスマス!
コインいっこいれる