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あの日、あの街で、彼女は。〜新橋駅〜
「サラリーマンの街」の象徴。
駅前のSL広場。
ウイスキーのでっかい広告。
スーツで足速に歩く人々。
上京前からテレビで見たことがあった絵面に高揚感を覚えたのも束の間、「すいませーん、おねえさーん」呼び止めには応じずiPhoneのGoogleマップを開く。親切心で立ち止まってはいけない、声をかけられがちな彼女の心得だ。
新卒の夏頃に初めて降り立った街。澄み切った青空とは裏腹に、動悸にも似たドキドキを感じていた。正式なアポを取り付けることができず、飛び込み訪問の日だった。
名刺、会社案内のパンフレット、提案資料、業界のお役立ち資料をセットにしてクリップを留め、ファイルに入れる。飛び込みで渡す資料に料金表は入れない。通常であれば、名刺に一言メッセージを添えるだけで済む。
ただ、どうしても名刺のスペースでは足りない想いがあった。なぜなら、彼女自身は初めての接触にもかかわらず、過去担当者の対応を「謝罪」する必要があったから。
そう、アポが取れない理由はここにある。新卒に配られるテレアポリストから電話をかける。トークスクリプトに沿って社名を名乗った瞬間、「御社は大嫌いだから」と切られそうになる。なんとか粘ったものの、「あなたが御社の社員じゃなければ会ったのに」とまで言われる始末。新卒だから過去の担当者とは違います、と伝えても通用しない。
悔しかった。とにかく悔しかった。会社やサービスの看板を背負うことの重さを感じた。なぜ、彼女が先輩方の尻拭いをしなければいけなかったのか。諦めてもよかった。でも彼女が諦めることで、たらい回しにされたリストから誰かが電話をしたとき、お客さん側は再び不信感を抱く。それは避けたい。どうにかしたい。執着心に火が灯る。直接会いに行くしかなかった。
そして、お手紙で気持ちを伝えるために、東急ハンズでちょっと高級な便箋を買った。季節のお花が印刷された和紙。縦書きに文字を書くのはいつぶりだろうか。「6月〜8月」のお花が印刷された便箋を取り出した。なんのお花だったかは覚えていない。
過去の担当者についての謝罪、彼女のパーソナルな自己紹介、どんな想いで求人広告営業をしているのか、御社の採用活動にどんなことで貢献できるのか、とにかく真摯に向き合い続ける旨を書き綴る。
ケンタッキーの2階席。そのときのフライドポテトは、絶対ねじねじのやつだった。アイスティーを流し込んで体温を下げる。
結局、飛び込みに行った日は会えなかった。居留守かもしれないし真相は不明だ。受付で担当してくれた方に精一杯の気持ちを込めて「お願いします」と頭を下げ、手紙を一番上に入れたファイルを渡す。
その後も、電話や飛び込みを重ね、もうすぐ2年目を迎える3月。ようやくアポがもらえた。心底嬉しかった。担当者はどんな方なんだろうと高鳴る気持ちで訪問したのに、3月末で退職するから最後に会いたかったとのことだった。せっかくこれから一緒にスタートできると思ったのに、やっぱり悔しかったし、切なかった。
ほろ苦い気持ちをアルコールで流し去りたい、サラリーマンの街に馴染んだ彼女を思い出す。
あの日、あの街で、彼女は。
*プロローグ
*マガジン
※基本的には経験上のノンフィクションですが、お客さん情報の身バレを防ぐために一部フィクションにしています。