見出し画像

あの日、あの街で、彼女は。〜下北沢駅〜

サブカル代表の地、下北沢。

小田急線と京王井の頭線が通る下北沢駅。新宿からも渋谷からもアクセスがいい。通称「シモキタ」、名前の響きだけは上京する前から知っていた。まさかプライベートより先に仕事で行くことになるとは…。

先輩から引き継ぐことになり、連絡先を書いて「後任担当になりましたので、ご挨拶に伺いたいです」とメールを送る。数分も経たずに、「今はニーズがないので、わざわざ訪問に来なくていいですよ」と丁重な返信が返ってきた。それなら仕方がない、時期を見計らって訪問しよう。

ようやくアポが取れたのは、引き継いで1年くらい経ったときだろうか。担当とは言いつつ、すべての会社と取引があるとは限らない。ただ、定期的に連絡をしていることは、顧客管理アプリに記録しなければならない。メール送った、電話した、提案した、受注した、失注した、など。

世田谷区…?下北沢…?え、シモキタに会社あるんだ!という第一印象。ただの偏見と思い込みだけれど。

平日の午前中、下北沢駅に降り立った。南口商店街のごちゃっとしたカラフルな賑やかさが、ネイビーのセットアップを着た彼女を浮き立たせる。イメージ通りの古着屋、雑貨屋、カフェが立ち並ぶ。偏見と思い込みは間違ってなかった!こんな街に会社があるなんて!まだ信じられない。

歩き進めるうちに、視界が知ってる色合いに変わる。道路沿いの鮮やかな緑、ビルの無機質な銀、狭いけど広い空の青、すれ違うサラリーマンの黒。ああ、この街で働く人もいるんだと実感した。

せっかく初めてシモキタに来たんだから、おしゃれなカフェに入りたい。単純なミーハー心が顔を出す。訪問は30分もせずに終わった。さて、オフィスに戻る前の自由な時間だ。

コーヒーの香ばしい匂いに誘われて、こぢんまりとしたカフェに入る。シンプルで洗練された空間に、スーツ姿は似合わない。木目の丸いテーブルとちょっと硬めのイス。アイボリーの壁と木の温かみ、自然光の優しさに包まれる。

普段はアイスコーヒー派だけど、ホットコーヒーを選ぶ。パソコンを開いてみたものの、丸いテーブルには窮屈で、せかせかした気持ちでコーヒーを飲みたくなくて、すぐに閉じる。

実は、仕事で下北沢を訪れたのはこの1回きりで、最初で最後になってしまった。カフェでガトーショコラも頼めばよかった。

カラフルな記憶はあるのに、カフェの名前が思い出せない、シモキタの街から浮いていた彼女を思い出す。

あの日、あの街で、彼女は。


*プロローグ

*マガジン

※基本的には経験上のノンフィクションですが、お客さん情報の身バレを防ぐために一部フィクションにしています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?