あの日、あの街で、彼女は。〜相模大野駅〜
5年間を締めくくる最後の訪問先。
冬の印象がなぜか強烈に残っている。秋に引継ぎを受け、冬に初めて相模大野駅に降り立った。春・夏・秋と季節が一巡し、冬だけが二巡目を迎えられたからだろうか。二巡目の春は来なかった。
小田急線始発の新宿駅から快速急行に乗り、座ったまま揺られること約30分。毎月決まって16時か17時開始のアポで、訪問が終わったら相模大野駅近くのカフェで作業して直帰するまでがルーティンだった。
水色の折り紙を一面に並べたような冬晴れの日、穏やかな光が低い位置から一直線に差し込んでくる。電車の窓枠からはみ出しそうで、木漏れ日よりも激しい眩しさに、思わず下を向いてしまう。反対側の座席に座ればよかった。
イヤホンを耳に押し込み、好きな音楽をランダム再生しながら、変わりゆく風景をぼーっと眺める。都心から離れるにつれて、段々と高い建物が減って、空が遠くまで広がる。
忙しなさを遠ざけてくれる移動時間は、彼女にとって毎月のリフレッシュになっていた。闇雲な効率主義から解放された…かと思えば、電車内でパソコンを広げて数字と睨めっこしつつ、社用携帯ではメールとSlackとLINEの返信に追われていた。
相模大野駅に着いて、エスカレーターを上る。開放的な構内には木目のベンチがいくつも並び、ピザの匂いに思わず振り返り歩幅を狭くした。
改札口を抜けて、真っすぐに進むと、1年分のキラキラをかき集めたようなクリスマスツリーに視界を奪われる。ツリーの周りをぐるっと歩き、写真は撮らずに訪問先に向かった。
駅直結のカフェドクリエを筆頭に、ガストで閉店までパソコン(の中の資料)と格闘していた日もある。季節が巡り、プロントが潰れてゴンチャができた。
喫煙者の上司と同行するときは、決まってロータリーの前で待たされて、訪問後は喫煙ルームがあるプロントでアイスコーヒーを奢ってもらって作業していたのに。終わる瞬間はあっけない。
最終出社日の前日17時、正真正銘最後の訪問先になった。「ありがとうございました。本当にお世話になりました」何度も感謝を伝えて、エレベーターに乗る。「閉」ボタンを押して、世界から取り残されたような気分になる。
ああ、5年間の営業人生がすべて終わったんだと、エレベーターを降りて外に出て真っ暗な空を見上げる。心の拠り所だったお客さんが最後でよかった。
最終出社日の前日、春の訪れを待たずに別れを告げた彼女を思い出す。
あの日、あの街で、彼女は。
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