あの日、あの街で、彼女は。〜要町駅〜
カナメチョウ…?
東京メトロの副都心線と有楽町線が通っていて、池袋駅のひとつお隣。北に向かって少し歩くと、いつの間にか豊島区から板橋区に変わっている。
月曜日の朝、直行で訪問する。土日からすでに憂鬱だった。いわゆる「謝罪アポ」で、直属の部長と事業部長に同行してもらう。どう考えても、重たすぎる。
彼女にも多少の非があっただろうけど、お客さんが圧倒的に癖が強くて、何をしてもクレームが頻発するような状態だった。あえてメールでやりとりして「エビデンス」を残しても全部無駄。長電話で拘束されることもしばしば。
そして毎回の訪問も長時間拘束される。短くても2時間、最長5時間を突破したことがある。何時に訪問に来たんだっけ?と時空が歪む。西日が強くなるより前に訪問しても、終わったときには日が暮れて、とっくに定時を過ぎている。
疲労で頭が回らない彼女に追い打ちをかけるように、他のお客さんからの不在着信やメールと、社内メンバーからのSlackと、溜まった通知を見て深いため息をつく。それだけ時間が経過していた証拠だ。
4年間くらいずっと彼女が担当していた。5年間のうちの4年間って相当だよね。何回組織が変わって、何人の上司が変わったことか。その度に挨拶に連れて行く。
20分以上歩いて通い始めて2年ほど経ったある日、「バスあるんじゃない?」と同行してくれた上司に言われて気づく。バス、あるじゃん。メイクが崩れるほど汗が止まらない暑い日も、ロングコートを着てマフラーぐるぐる巻いても寒い日も、9cmヒールを履いて歩いてたんだけど。
ようやく後輩に引き継ぐことが決まり、解放感で溢れた日を今でも覚えている。引き継ぎで訪問した日も、相変わらず長かったな。埼玉方面に住んでいる後輩は、直行も直帰もしやすくて喜んでいた。
街を染める色が変わってしまった、タイムスリップした気分に浸る彼女を思い出す。
あの日、あの街で、彼女は。
*プロローグ
*マガジン
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?