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あの日、あの街で、彼女は。~秋葉原駅~

心を殺し、無言で耐えた帰り道。

通称「アキバ」と呼ばれるオタクの聖地、秋葉原駅。就職活動で初めて降り立ったとき、駅前のオフィスビルを見上げては、意外と普通じゃんと拍子抜けした覚えがある。

なにを評価されているのか不明確だった一次選考のグループワーク、中学時代に通っていた塾の先生に激似の面接官、二次選考の面接で取り繕ったやる気に満ちた言葉。数多の会社のひとつでしかないのに、やけに印象深く残っている。

それから、秋葉原駅に再訪したのは約5年後のこと。コロナ禍に見舞われ、オンラインと訪問の両立が始まった頃だった。周辺の御徒町駅、岩本町駅、神田駅、浅草橋駅は訪れていたのに、意外とご縁がないまま時が過ぎていた。

彼女が担当になり2年目になったタイミングで上司が変わった。上司の引継ぎ挨拶を目的に、別支店を担当する先輩も一緒に同行することになり、合計4人で訪問した。

オフィスビルに現地集合だったせいか「行き」の記憶がまったくない。狭い会議室にぎゅうぎゅうに座った光景は浮かぶのに、話した内容は思い出せない。鮮明に蘇るのは駅までの「帰り」だけだ。

商談が終わり、前任の上司は喫煙所に行き、現在の上司と別支店の先輩と彼女の3人で秋葉原駅まで戻る。歩きながら始まる「反省会」という名の一方的に詰められる会。上司の怒りの矛先は彼女だけに、まっすぐに、向いた。

なぜ、あんなにも激しい怒りを買ったのか、いまでも理解できない。突然のことだった。

金切り声にも似た怒鳴り声が耳奥に刺さる。呼応するようにハイヒールのカツカツ音が強くなる。初夏らしい風に運ばれた甘ったるい香水の匂いに、思わず鼻の穴を押さえる。整形後の口角は上がったままで、怒っているのに不気味な形相だった。

高架下をくぐり、焼肉の万世を通り過ぎ、神田川にかかる万世橋を渡った後も、秋葉原駅に着くまでずっと続いた。すれ違うサラリーマンに二度見されても、お構いなしだ。

就活生の頃の彼女に合わす顔がない。現実から目を逸らすことができないまま、山手線に乗り込んだ。

「辞めたい、逃げたい、消えたい」理不尽な怒りに反論できなかった彼女を思い出す。

あの日、あの街で、彼女は。


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*マガジン

※基本的には経験上のノンフィクションですが、お客さん情報の身バレを防ぐために一部フィクションにしています。

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