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あの日、あの街で、彼女は。〜西新宿駅〜

「いかにもオフィス街=西新宿」

彼女の脳内方程式だ。文字通り、新宿の西方面エリア一帯を指す。空を遮るように建ち並ぶ高層ビル。

「丸の内OL」や「港区OL」に憧れていたものの、5年間ずっと縁がないまま終わった。配属オフィスもエリア外だったし、担当顧客もほとんど該当していなかった。

東京メトロ丸ノ内線改札を抜け、地上に出る手前、駅構内にタリーズがある。わずかなテラス席、コンセント付きのカウンター席、奥まったところにはソファ席。好条件で重宝していた。必ず頼むのはアイスのロイヤルミルクティー。ミルクティーを飲むためにタリーズを選んでいると言っても過言ではない。

上司との同行訪問の前、コンセントを死守するためにカウンター席に横並びに座っていた。訪問中もパソコンを開きながら商談を進めることも多く、充電切れは致命傷になる。

横並びで座ると、なぜか親密な話をされることが多かった。

課長2年目の女性上司のときは、組織内のコミュニケーションについての相談。休職者や体調不良者が相次いでいて、どんよりした雰囲気が漂っていた。太陽のように明るい上司は、メンバーを疲弊させていることに気づいていない。相談内容を聞くのが精一杯で、彼女自身も本音を伝えられないまま平行線で終わった。

できることならば、同行をお願いしたくない女性上司もいた。訪問直前、商談内容の確認をするのかと思えば、なぜか半期評価の話になった。えっ、今なの…?その上司の組織に異動して半年、評価が芳しくないのは目に見えていた。一方通行のコミュニケーションをされても、何にも響かないのに。

ひとりでタリーズを訪れる日は、いつもソファ席を選ぶ。長時間のパソコン作業でお尻が痛くなるのを避けるためだ。向かいの椅子にバッグを置いて、ジャケットをかける。

訪問終わり、オンラインで夕礼に参加して、作業して直帰しようと思っていた。小腹が空いていて、ロイヤルミルクティーと一緒にピザを頼んだ。「ピッツァマルゲリータ」という名前らしい。

痛恨のミス発生。夕礼が始まるまで10分を切っていた。ビデオをオンで参加しなきゃいけない。できたての、熱々の、ピザが食べれない。

いつもなら30分もせず終わる夕礼なのに、こんな日に限って延びる。チーズはもう伸びない。カリッと焼けたピザ生地もカチカチになっていた。ダメもとで温め直しをお願いしてみたけど、丁寧にお断りされた。冷めて固くなったピザを、氷が溶けて薄まったミルクティーで流し込む。

残業が光るオフィス街、バジル香るできたてピザに「待て」をされた彼女を思い出す。

あの日、あの街で、彼女は。


*プロローグ

*マガジン

※基本的には経験上のノンフィクションですが、お客さん情報の身バレを防ぐために一部フィクションにしています。

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