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柿泥棒

柿泥棒 小説
 虚士(きょし)が小学六年生(昭和36年)晩秋の話です。ある日の放課後、虚士は近所の同級生、裕(ゆう)三(ぞう)君と勝(かつ)秀(ひで)君を椎の実獲りに誘いました。椎の実には大粒のイタジイ(スダジイ)と小粒のコジイ(ツブラジイ)がありますが大粒のイタジイを狙って、本越山方面に東側から向かう事にしました。

 里の段々畑を登り抜けしばらく登り続けると、椎の木のある林の中の道に到達しました。コジイはそこ、ここに落ちていますがイタジイはなかなか見つかりません。”つっかぐめ”の近くで、イタジイが少し落ちていましたので、三人ともその椎の木に登りました。それぞれの上着のポケットいっぱいにはなりましたが、用意していた手提げ袋は空のままでした。

 他の所も探しましたが、イタジイは見つかりません。もう帰ろうと言う事になり、ポケットのイタジイを頬張りながら、坂道を下って行きました。”どの上”付近に来た時、祐三君が「あすこの木に熟し柿がなっとる」そして勝秀君が「ありゃ残りもんたい、鳥のえさにしかならんけん獲って良かろう」虚士も「腹も減ったしなぁ!」と意見が合い、大きな柿の木でしたが、祐三君はさっさと駆け寄り登り始めました。それに続き勝秀君も虚士も登りました。

 虚士は高い所まで登り、柿に手が届く所まできて、今から獲ろうとドキドキしていました。するとなぜか、初めに祐三君が無言で、するすると降りだし、勝秀君もそれに続いています。なんでかなぁと思いつつも虚士が柿に手をだして獲ろうとした時、下の畑の方から「虚士、なんばしよっと-!」と言う声がしました。

 虚士の母が”どの上”の畑で農作業をしていて、柿泥棒を見つけたのでした。虚士は頭の中が真っ白になって、どんなにして降りたか解らないぐらい素早く降りましたが、足は宙に浮いているような感覚でした。その時すでに、祐三君と勝秀君の姿はどこにも見当たりませんでした。「どうしよう?」と虚士は頭がいっぱいでした。

 小心の虚士は思いあぐねて、あっちこっちをうろついて夕方近く自宅に帰って、怒られるだろうなと覚悟していました。母は口数が少なくなっていましたが、柿泥棒については一言も話さず、怒る事はありませんでした。しかし虚士には怒られるよりも辛い経験でした。もう決して母を悲しませるような事はしてはならないと反省しました。
         終わり
(この話は実話に基づいていますが、細部の記憶が怪しいので”小説”としま  した)

後ろ山


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