漁り火、はだら焚き漁
漁り火、はだら焚き漁――小説
虚士(きょし)が小学6年生(昭和36年) 頃の話です。冬のある日曜日、誠吾あぼ (兄)が、「今夜は大潮の新月で闇夜だから、勝太郎とちゃん (父) が ”はだら焚き” に行こう」と言うとった。
“おろの迫” にみかん山開墾で発生した、松の木の根を乾燥させてあるので、それを取りに行って松明(たいまつ――集魚灯代わり)にする。「虚士も来るか?」と言うので、初体験なのでとっさに「行く行く」と言ってリヤカーを引っ張って付いて行きました。
乾燥した松の木の根がタコ足状に暴れくねっているのを、誠吾あぼが、ノコとナタで一尺(約30cm)程度の長さに切断して、リヤカーに積み込み自宅に持ち帰りました。
夕食後、勝太郎とちゃん (父) と誠吾あぼ、そして虚士の3人は、松明とその架台(鉄製)、水面に浮かべる”ビャラ”(竹で編んだ物干し平板)、テゴ(成果品入れの竹で編んだ器)を自宅下の平瀬に繋留している手漕ぎ船に積み込んで ”はだら焚き” に出発しました。
紀乃かちゃん (母) が平瀬まで見送りに来て、「よかじゅう(良い成果)だったらよかね!」と言っていました。
漁場は“えびす島”付近です。暗闇の中、集落の灯りを頼りに、とちゃんが船を漕ぎます。漁場に着くと、架台を取り付け、松明に火を付けます。誠吾あぼは海に ”ビャラ” を浮かせ、船の側面に固定します。
すると、松明が燃え上がり、松の香りとともに原始的な妖しい赤い炎がゆらゆらと海面を照らし、船も皆んなの顔も炎の色です。海中に青い線状の光りが見えます。松明の様子を見ながら、とちゃんがスローモードで船を動かします。
すると海中をキラキラしていた者が、突然海面に跳ね上がりました。その数が時間とともに多くなり、とうとう海面に浮かしている ”ビャラ” のうえに飛び込んで来ました。誠吾あぼと虚士は息を呑んで、捕まえます。体長10cm程の ”はだら” です。
見る見る海中の ”はだら” は大群となり、どんどん飛び込んできます。虚士は満面の笑顔になり、両手で次から次に拾い上げ、”テゴ”に入れます。猫の手も借りたい忙しさとはこの事です。こんなに簡単に魚が獲れるとはおどろきです。すぐに ”テゴ” は空きが、半分を超える量になりました。
しばらくすると炎が弱くなったせいか、飛び込みが少なくなりました。慌てて、とちゃんは松明をくべますが炎が大きくなるには時間が掛かります。 すると誠吾あぼが、予備の松明を持って来て、船の側面を叩きます。するとびっくりした ”はだら” が飛び込んで来ます。まねして虚士も叩きました。そのうちに炎も大きくなり、またどんどん飛び込んで来るようになりました。漁を始めて1時間半程で ”はだら” は ”テゴ” いっぱいになりました。
すると、とちゃんがもう松明も少なくなったし、このまま漁をしながら家へ帰るぞ!と言って、船を引き返し漕ぎ出しました。
平瀬に着くと、重い ”テゴ” を誠吾あぼと虚士の二人でぶら下げて、自宅に帰ると、紀乃かちゃんが起きて待っていました。「わー!よかじゅうじゃったね!」「あしたは ”はだらのチュン焼き” のご馳走たい。」と喜んでくれました。
翌朝、明るいところで家族が顔を見て笑いました、「3人ともススで顔が真っ黒になっとる!」、暗い所では松明のススが付いているのがわかりませんでした。
この日は朝食から ”はだらのチュン焼き” が出て ”はだら焚き漁”の話で盛り上がりました。 終わり
(この話は実話に基づいていますが、細部の記憶が怪しいので ”小説”としました)
追記、松明(たいまつ)に関連して
松の木は油分が多く、良く燃えます。特に根には油が詰まっているような油色です(松の香りとともにススもたくさん出ます)。
ガス灯と違って炎にむらが出ますから、”はだら” が跳ねやすいと言われます。
戦時中は飛行機の油にしようと研究が盛んだった様ですが、成功していません。松根油(しょうこんゆ)と言われていたようです。
以下は ”はだら” 関連情報です。
(前回投稿の はだら VS きびなご と同じです。)
浅海集落近海の”はだら”、は体長10cm位
(福岡に来て、玄界灘で釣ったのは15cm程度ありました)
非常にうろこが多く、剥がしにくく、中骨が硬いので料理するのに工夫が必要です。
また”はだら”にはほのかな香りがあります。「セロリ」かな?
鰯の仲間と言うより、さより、飛び魚、ぼら等に近いように思います。
体調10cm程度であれば刺身は面倒ですが、15cm程のものは、うろこを着けたまま皮を剥いだら簡単です、私は福岡にきてオキアミを餌にサビキで釣ると、元気の良い手応えが気に入り、たくさん釣り、焼酎の肴に刺身にして食べました。
体調10cm程度の物でも塩焼きには向いています。うろこ事焼けば中身が焦げなくて、うろこも取れやすくなります。七輪で焼くと「チュン」とおなかがパンクします。それが焼き上がりのサインです。これを天草では「はだらのチュン焼き」と言っていました。
刺味はきびなごより淡泊で、歯触りが良く、さよりに似ていると感じました。
塩焼きは、うろこを取りながら食べますが、塩も効いてビール、日本酒、焼酎の肴に持ってこいです。
飽食の時代の今日では、B級グルメでしょう。「猫またぎ」と言う人もいます。私としては悲しいです。
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