哀愁のトンビ
哀愁のトンビ 小説
虚士(きょし)が小学四年生(昭和34年)頃の遊びの風景です。晩秋のある日、同じ集落の年上の七尾(ななお)さんが、「虚士、かすみ網(*1)でホオジロ(愛玩目的)を捕りに行くが、ついてこないか?」との誘いに、「行く!」と即答しました。
浅海集落の西、池林山の麓付近に田んぼがあり、天草は台風が多いので、早期米を栽培しているのですが、とっくに刈り取りは終わり、残った株から新芽が出て質が悪く人間の食料にはならない2番目の米が実っていて、それを目がけてスズメやホオジロが群がっていました。
そこの田んぼの中に、高さ2m、幅6m程の黒色のかすみ網を両側に竹の棒を立て設置します。そしてふた手に分かれて木陰等に隠れ、ホオジロが来るのを待ちます。スズメはたくさん来るのですが、ホオジロはなかなか来ません。30分位経って、やっと二、三匹かすみ網の近くに来ました。
七尾さんの合図で二人同時にかすみ網をめがけて追い立て、走りました。
スズメは十数匹網に掛かりましたが、ホオジロには逃げられました。それからかすみ網の場所を変えたりして、数回試みましたが、掛かるのはスズメばかりでホオジロを捕獲する事は出来ませんでした。
二人ともくたびれてしまって、もう帰ろうと言う事になりました。
すっかり太陽は西に傾き、空いっぱいの夕日で七尾さんの顔も赤く染まって見えました。
スズメなどの小鳥を狙ってか、トンビが「ピューン、ヒョロロー」と声高に鳴きながら、空高く環を描いていました。しばらく眺めていたら、当時有線ラジオで聞いた流行歌が虚士の脳裏に浮かんで来ました。
♪「夕焼けとんび」 ♪ https://www.youtube.com/watch?v=QasZBhke0k8
歌:三橋美智也 昭和33年3月発売
作詞:矢野亮 作曲:吉田矢健治
一 夕焼け空が マッカッカ ♪
とんびがくるりと 輪を描(か)いた
ホーイのホイ
そこから東京が 見えるかい
見えたらここまで 降りて来な
火傷(やけど)をせぬうち 早くこョ
ホーイホイ
すると、先日別れの挨拶に来ていた、優しい英介(えいすけ)さんの事で虚士の小さな胸はいっぱいになりました。
英介さんは虚士より二歳年上で、小顔美人のお母さんと歳の離れた可愛い妹が二人いて、虚士とも良く遊んでくれました。丘の上の家にも何度か遊びに行きました。また虚士の家にもたびたび来ていて、祖母、父母が我が子のように可愛がっていました。その頃はそれ以上の事は知りませんでした。
大人になってから、虚士は天草の兄に聞きました。英介さんは、祖母の甥と大恋愛をして出来た子供でした。しかしロミオとジュリエットの話のように、家と家の事情で結婚を許されなかったそうです。
その後、天草の向かい側の長島から、大きな”ダチン”と言う赤牛で、山奥から伐採した杉の木を引き下ろす仕事に来ていた人と、英介さんのお母さんが恋仲になり、出来た子供が二人の妹でした。
そして、”ダチン”の仕事も終わり、恋人が長島へ帰る事になり、結婚して、英介さんもお母さんと一緒に長島へ行く事になったようです。
最近、天草の兄の話では英介さんは働き者で、アパートも経営して幸せに暮らしていて、たまには浅海集落での同窓会にも出席しているとの事です。
虚士にとっては、初めての別離の経験で、さみしくて、もの悲しく、いつまでも夕焼けのトンビを見ていました。
終わり
*1 かすみ網猟は、1947年から禁止されていましたが、1970年代まで事 実上使用は野放し状態でした。
(この話は実話に基づいていますが、細部の記憶が怪しいので”小説”としま した)
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