一緒にいるのがつらかった
知り合いのライブを見に行った帰り、新しくできたビルからピアノの音が聞こえてきた。上の階の誰でも弾いていいピアノの音色が、吹き抜けの下までよく聞こえるのだ。
“いつも一緒に いたかった”
音色を聞くだけで詞が浮かぶ、プリンセスプリンセスの「M」。メンバーが失恋してやり切れず、その悔しい思いを書き綴って言葉を並べ換えて曲にしたらしい。
というのは、こんなにも想いを乗せるメロディが作れるなんてすごいと感動してしまい、その場でスマートフォンで検索して知ったこと。
失恋なんて言葉、すごく遠くに行ってしまったような気がする。思い出すのは6年付き合ってお互い一緒にいるのがつらくなって、お互いがお互いを苦しめるのがしんど過ぎて会うのをやめたこと。
最初の頃は、この人となら死んでもいいとか、この人を殺して自分も死のうかなんて考えたこともあったけれど、本当に死にそうな思いをして、死ぬのは嫌だと気づいてから少しずつ魔法は解けていった。
付き合って5年くらいの頃、千葉の成田山新勝寺へ向かう道、つまらないことで口論になり、アルコール依存症の彼は飲んでもいないのにカーブで前を見ず車を飛ばし、こっちを向いて怒って何か言っていた。「前!前!」と言っても、もはや自分をコントロールできない。初めて本気で死にたくないと思った。
そこでやっと少し目が覚めてきた。お金の無心や、強引なセックス、嫌な思いはたくさんしてきた。彼と離れなければいけないことは分かっていたのに、それまで会うのをなかなかやめられなかった。
本当は、ずっと前からこの人と一緒に暮らしたりできないことは分かっていた。彼は苦しく生きるより早く死にたいと言っていたけれど、体だけは人一倍丈夫だから叶わないだろう。
別れようと決めて1年ほどもがいて、他の人に行ってみたりもしたけれど、結局会うのをやめたのは、お互いを苦しめているのが分かって、そんな彼を見るのがつらかったから。あんなに好きだったのに、会う度に苦しくなって、やっと会うのをやめられた。
少し前に、たまたまfacebookで彼の投稿を見かけてしまった。円安のせいで個人輸入の商売がうまくいかないようで憤っていた。
今の夫は、ひどく甘えんぼうだけど、誰かのせいにせず自分で自分を嫌っている。一緒にいて、うざいときもあるけど、あの頃みたいに何もかもが苦しいわけじゃない。
あの頃の、誰かを大好きだけど苦しい私はもういない。