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藤川球児の「火の玉ストレート」

ここ何年間の阪神ブルペン陣で最も活躍しているといっても過言ではないベテラン、間もなく39歳となる藤川球児投手。今期ここまでの活躍は全盛期をも彷彿とさせ、先日7年ぶりにオールスターに選出されました。

2012年まで阪神で活躍、その後メジャー挑戦から四国アイランドリーグplusを経て2016年に再び古巣へ戻ってきました。
防御率は2016年から昨季までは順に4.60、2.22、2.32、今季はここまで防御率1.14を記録、奪三振率は2016年から順に10.05、11.28、11.10、そして今季は13.64とベテランとは思えない投球を披露し抜群の安定感です。
先日の交流戦での西武打線コアとの対決は特に見ものでした。

藤川投手の代名詞と言えば“火の玉ストレート”です。打者の手元で浮き上がるように伸びる独特の軌道はまさに「ホップ」しているようで、対戦したバッターからは「ストレートとわかっていても当たらない」と評されます。

勝利の方程式「JFK」の一角として活躍し、球団記録となる47回2/3連続無失点記録、オールスターでの予告全球ストレート勝負からの2者連続空振り三振(06年)、ウッズ(中日)との11球連続ストレート勝負(07年)などの”火の玉ストレート”伝説は記憶に残っています。

現在もその球威はほとんど衰えることなく、今シーズンのストレートの被打率はわずか.104です。
その「火の玉ストレート」について、「なぜ当たらないのか」「普通のストレートと何が違うのか」詳しく見ていきたいと思います。

1, 背景

藤川投手は1998年のドラフトで阪神に1位指名入団を果たしますが、5年間で主に先発投手として2勝6敗と伸び悩み、戦力外寸前だったともいわれています。岡田彰布新監督のもと、6年目の2004年もキャンプで右肩を痛めたことから二軍で開幕を迎えました。

当時二軍には、かつて阪急で速球王としてならした山口高志二軍投手コーチがおり、藤川投手はヒザの使い方についてアドバイスを受けました。
当時の藤川投手は、速い球を低めに投げようと意識するあまり、沈み込むようなフォームで投げていたため右ひざが折れて地面と平行になっており、ユニフォームのそこにはいつも土がついていたくらいでした。
山口投手コーチから「上から投げ下ろすように、ボールをたたきつけるように投げろ」とアドバイスを受け、フォームを修正していきました。

その結果、顎の高さぐらいでボールを離していたところを、ひざを曲げないことで頭の高さくらいからボールを離すことによって角度が出すことができるようになり球の出所が高くなり、また体重移動もスムーズになったようです。

また岡田監督が「短いイニングの方が向いている」とリリーフ適性を見出したことをきっかけに、2005年からセットアッパーに定着しました。
ジェフ・ウィリアムズ、久保田智之とともに勝利の方程式“JFK”の一翼を担い、シーズン最多の当時の日本記録となる80試合に登板し、7勝1敗1S、防御率1.36の好成績で阪神の2年ぶり優勝の立役者となりました。

中継ぎで結果を残せるようになったのは、フォームを修正してストレートの質を大きく向上させたことが大きいと思われます。
次は握りを中心に見ていきます。

2, 投げ方

藤川投手のストレートの握りは、人差し指と中指を揃え完全に密着させた独特の握りをしています。
下の写真を見ていただければ一目瞭然です。

フォーシームは縫い目の横の線が右上がりと右下がりの線で出来ていて、通常右上がりで握ります。それは人差し指と中指の長さの関係からその方が指と縫い目がマッチするからです。
また普通のピッチャーは多少開いて握っていることが多いですが、藤川投手は完全に密着させています。

人差し指と中指をくっつける握りのメリットとしてはボールに力を与えやすく、ボールの中心に対してダイレクトに力を与えることができるというのがあります。
つまり回転数を与えやすく、また球速も上げやすい握りになります。
2本指を開いた場合では力が少し分散してしまったり、回転軸の傾きが起こりやすくなってしまいます。

ではなぜ多くのピッチャーが指を開いた握りをするのかと言うと、コントロールが安定しやすいからです。実際に握ってもらうとわかりやすいですが、指をくっつけるとボールが少し不安定になります。
指をくっつける握りでしっかりコントロールしている藤川投手はすごい、ということです。
また少し緩く握ることで手首をしっかりと使えるようにしています。強く握ってしまうと手首の動きが固まってしまい、腕をひねる動作が鈍り、また肩の故障にもつながりやすくなるみたいです。

カウントによっては指を少し開いたりもするようで、不利なカウントになったらコントロールを安定させるために指一本分くらい開くそうです。

リリースする時はピンポン玉のように浮かび上がらせることを意識して、ボールを潰すような感覚で投げると言っています。
上から叩きつけるようなリリースです。
また縦回転の強いボールを投げることを意識しているようで、それも軸が傾いていないような縦のスピンを意識しているようです。これはシュート回転を減らすためで、後述しますがボールに対して指が垂直にかかっていることと、オーバースローと上から叩く意識によって強い縦のバックスピンを生んでいます
また高めに投げる場合は思ってる以上に上から叩かなきゃいけない、と言っていました。

ちなみに「上から叩きつける」リリースのほかに、ダルビッシュ投手のように「下からなでる」リリースもあるみたいです。意識の部分が大きいとは思いますが…

またボールをできるだけ前でリリースするために、プレートから7足分という広いストライドを作っているようです。通常は6足から6足半と言われるみたいです。
体重移動を長い時間できた方がより力を伝えることができます。前でリリースすることは球持ちのよさにも関わってきます。

さらに体の開きや腕の振り、リリースポイントを微妙に変えていることでタイミングをずらすこともしているようです。

3, 変化

藤川投手のストレートの最大の特徴といってもいいのが、「ホップ」しているかのような軌道です。打者の多くはボールの軌道のはるか下を振っており、どれだけ「落ちていない」軌道なのかが分かります。
これは「高い回転数」と「バックスピンに限りなく近い回転軸」が再現されていることによります。
回転数が高ければ高いボールを変化させる力であるマグヌス力が大きく働きます。また回転軸が地面に対してほぼ水平なので、変化の方向がほぼ真上になります。つまり揚力(ボールを上に持ち上げる力)がボールに対して真上に働くようになるのです。これによってシュート回転することがほぼなく、真上にホップするかのような軌道が生まれます。

回転数が高いボールが単純に「ノビがある」と言われることが多いですがそれだけでは不十分で、ホップするストレートは「地面に対して水平かつ進行方向に垂直な回転軸」であることが必要です。

この回転軸を再現することができるのは、先述した通り指をボールに対して垂直にかけていることと縦に腕を振っているからです。
リリースを見てもらうと藤川投手の腕はオーバースローにより縦に振られており、またボールに対して指が縦にかかっていることが分かります。
ほかの2人は斜めになっているのでシュート回転が多くなったり、回転軸がジャイロ方向に傾いて(いわゆるspin efficiencyが低くなっていて)ホップ変化量が十分に得られなくなったりします。

このように垂直上向きの揚力が発生して真上に「ホップ」したような軌道をすることで、普通のストレートよりも「落ちない」ストレートになります。打者にとっては予想よりもボールが上を通過していくので、ボールの下を空振りしてしまうことになります。

藤川投手のストレートについて検証した『報道ステーション』では、調査の結果プロ野球選手のストレートの回転数の平均値(15人ほど)が1秒間に37回転(約2220rpm)であるのに対し、藤川のストレートは1秒間に45回転(約2700rpm)していることがわかりました。また、一般的な投手が投げるボールの回転軸の傾きは地面に対して約30度であるのに対し、藤川投手の場合はその傾きが約5度と極端に少ないことがわかりました。
平均的なピッチャーよりも30cm近く上を通過するわけですから、あれだけバットに当たらないのもうなずけます。

これらの回転数と回転軸による効果をより効率的に受けるために、もう一つ重要なことがあります。

それは「球速を抑える」ことです。
なぜかというと球速が速すぎるとホップの威力が出る前にキャッチャーミットに着いてしまい、ホップはしているもののそれをバッターが感じられずに終わってしまうからです。
藤川投手もスピードを速くしようと思ってやったこともあるが、その結果144~148、149km/hくらいがちょうどよかったと言っています。

あえて球速を抑えることで、ホップするような動きの効果を最大限に得ているということです。

4, ちょっとしたデメリット

ホップ型のフォーシームにはメリットもたくさんありますが、デメリットもいくつかあります。

そのひとつは、「被弾が増えてしまう」ことです。
打球を飛ばすことに重要なのは、「打球角度」「打球速度」、そして「打球スピン量」です。フライボール革命によって「バレルゾーン」が広まりましたが、打球にスピンをかけて飛ばすこともまた重要です。
また物理現象において、バックスピンのボールに対してバックスピンをかけやすい、というのがあります。バックスピンをかけてバウンドさせると、バックスピンで戻ってくるということです。また回転数が多いと、バウンドした後のボールも回転数が多くなります。

これを踏まえたうえで、ホップ型のフォーシームはきれいな縦回転のバックスピンをしているため、打球はバックスピンをかけて飛ばしやすいということになります。また回転数が多いとその効果も大きくなります。
つまり回転数の多いホップ型のフォーシームである「火の玉ストレート」は、ちゃんとバットに当たると飛んでいきやすいということです。
これはホップ型のフォーシームを投げる投手にはつきもので、藤川投手が被弾している場面を見ることが比較的あるのもそういうわけだと思います。その反面、フライで打ち取る場面が多いのもこういう訳です(先述した、思ったより上の軌道を通るというのもあります)。

もうひとつ、よくスピンの効いたフォーシームは「初速と終速の差が小さい」と解説されることがありますが、それは間違っていることが多いです。
ストレート系は基本的に、特にホップ型のフォーシームに関してはスピン量が多いと初速と終速の差はむしろ大きくなります。ボールに重力に反するような力が働くので、その代償的にスピードは落ちていきます。
こちらを読むと分かりやすいと思います。

5, おわりに

藤川投手のストレートは見ていて非常に魅力的です。それにあの歳でも若手ピッチャーかのようにストレートで勝負していくのは、すごいなぁと思うばかりです。
ホップ型のフォーシームについてすごいと言ってきましたが、みんながみんなこれにした方がいいという訳でもないですし、いわゆる「真っスラ」や「真っ垂れ」のフォーシームにもいいところはあります。
回転数の与え方には個人差が大きいと思うので、回転軸はそれに合わせて考えていくのがいいのだと思います。それぞれのメリットデメリットを理解して選ぶ・使うことが重要になると思います。

・「上から投げ下ろす、叩きつける」フォームへの修正がストレートの質向上につながった
・人差し指と中指を密着させる握りで高スピンを生み出している
・縦のスピンをかけることを意識することで、ホップ成分のより大きなストレートに
・球速をある程度抑えることでホップの効果を最大限にする
・被弾しやすい、初速と終速の差が大きくなるデメリットもある

「ノビ、キレ、重さ」については細かくはこちらにも書いていますので、興味があったらどうぞ。

あと書いてる途中にタイミングよくBaseball Geeksさんの記事も出ていたのでこちらも

「火の玉ストレート」の全盛期に関する考察のある記事

※参考
データは「データで楽しむプロ野球」さんから
NHK BS1「球辞苑 ~ストレート~」


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