変化球とその最適アームアングル
1, はじめに
今回は、投げるボールとその投げ方について考えてみたいと思います。
ピッチャーが投げるボールについて球筋を決める要素はいくつかあります。
主な要因は、
リリースポイント、投射角(投げ込む角度)、スピード(球速)、回転量(スピン)、回転軸、シーム(縫い目)
の6つです。もちろんそのほかにも風や空気圧など小さい要因はたくさん考えられます。
回転数がどれくらいかやどんな回転をしているかなど投げた後に注目されがちですが、今回はどのように回転がかけられるか・どのような角度で投げられるかなど、ボールを投げる瞬間に重点を置いて考えてみます。
投げる瞬間について考えるために最も重要なのは、「リリースポイントと投射角」です。それに大きな影響を及ぼすのは「アームアングル」、つまり投球フォームの腕の角度です。
前置きとしてまず主なアームアングルを挙げてみます。
(説明が長いので結論だけ教えてくれという方は6章のまとめから5章を見ていただけるといいかと思います。)
2, 主なアームアングル
➀オーバースロー
明確な定義はないようですが、一般的にはリリース時にボールを持つ手が水平面よりも上である場合にオーバースローと呼ぶようです。日本語では上手投げとも言われますが、「オーバースロー」を「上手投げ」の意味で用いるのは和製英語で、英語ではoverarm [overhand] pitch [throw]と言います(英語におけるover-throwは暴投を意味する用語)。
ここではスリークォーター(後述)と区別するためにも、オーバースローは投手を後ろから見たときに時計の12時の位置付近からリリースされる投法と定義しておきます。(左からカーショウ、岡島秀樹、メッセンジャー、野茂英雄)
オーバースローはボールを高い位置からリリースしすることができるので、角度のあるボールを投げ込むことができます。またオーバースローは体を倒し腕を振り下ろす動作において重力を利用できるので、他の投球フォームに比べて球速を出しやすくなります。
しかしオーバースローは腕を高い位置から出すために、上半身を大きく利き腕と反対側に倒す必要があります。上の画像を見ると上半身の軸が倒れていることが分かると思います。
その点でコントロールを定めにくいというデメリットもあります。
②サイドスロー
ボールをリリースする際に、ボールを持つ腕がグラウンドの水平面とほぼ平行になる投法のことをサイドスローと言います。サイドハンド、サイドアーム、横手投げ等とも呼ばれ、英語ではsidearmと言います。
ただしサイドスローと呼ばれる投手の中でも純粋なサイドスローは比較的少なく、スリークォーター気味であったりアンダースロー気味であることの方が多いです。
オーバースローやスリークォーターに比べると球速を出すのは難しくなりますが、身体の傾きがほとんどなく、視線がぶれないことからコントロールの付けやすい投球フォームと言えます。
日本のプロ野球では、又吉克樹投手・三上朋也投手・秋吉亮投手・田島慎二投手・宮西尚生投手・高梨雄平投手などがいます。(画像は左から宮西尚生、秋吉亮、高梨雄平)
③スリークォーター
スリークォーター(three-quarter) は、直訳すると”4分の3”になります。オーバースローとサイドスローの中間の投法で、ややサイド気味に肩口からボールを投げる投法です。
オーバースロー気味やサイドスロー気味のスリークォーターで投球を行う投手も存在したり、他の投げ方とは区別が曖昧な部分も多いです。
スリークォーターは遠心力を活かしやすく、オーバースローとは違った理由で球速を出しやすいというメリットがあります。オーバースローが球速を出しやすい点、サイドスローの体の軸が倒れずにコントロールしやすいという点を両立させるような投げ方だと思われます。(画像はダルビッシュ有投手)
④アンダースロー
アンダースローは下手投げと呼ばれ、英語では体が沈み込むことやボールが浮き上がってくる様子から”submarine”と呼ぶのが一般的です。
投手の手からボールがリリースされるときに、ボールを持っている腕が水平を下回る角度にある投法のことであると定義されることが多いです。ワインドアップまたはセットポジションから急激に重心を下降させ、投球腕を水平を下回る角度にまで下げた後、腕をしならせて投げます。
球速は出しづらいですが、その独特な軌道によって打者を抑えます。
アンダースローの投手としては、山田久志投手・渡辺俊介投手・牧田和久投手・高橋礼投手が挙げられます。(画像は左から渡辺、牧田、高橋礼)
3, それぞれの投げやすい変化球
これらそれぞれの投げ方は腕の角度(アームアングル)が異なってきますから、投げやすいボール、投げにくい変化球というものがそれぞれにあります。
重要なのは、上体・腕の回転方向と投げやすい変化球の回転は大体一致するということです。
➀オーバースロー
この投法は体を倒して腕の角度が上向きであるので、腕の振りが縦になります。そのことからオーバースローは縦回転のボールを投げやすくなります。
縦回転のボールというのは、バックスピンやトップスピンのボールのことで、縦変化の球が投げやすくなります。
例えばホップ型のフォーシームやフォークボール(バックスピン)、縦に落ちるトップスピン系のカーブなどが挙げられます。
しかしシンカーやスライダー、チェンジアップなどのサイドスピン系は、回転をかけづらくなり投げるのが難しくなります。
リリースポイントが比較的高くなるので、縦に落ちる変化の効果が高いこともフォークやカーブが使われる一つの理由だと思われます。
先に挙げたカーショウ投手は真上にホップするようなフォーシームを投げますし、縦に大きく落ちるスローカーブや縦変化の強いスラッターを持っています。
野茂投手は縦に大きく落ちるフォークを武器にしています。
サイドスピン系の高速チェンジアップは普通投げにくいですが、バウアー投手のように握りやリリースを工夫することで投げることが可能になります。
②サイドスロー
サイドスローは腕が横から出てくるので左右の角度を付けやすく、サイドスピンやジャイロスピン系のボールが投げやすくなります。
利き腕方向に変化するシュート・シンカー・チェンジアップなどや、それらと逆方向に変化するカーブやスライダーが投げやすく、横の変化で勝負するピッチャーが多くなります。(ジャイロ回転については後述します)
スライダーやカーブは通常のサイドスピンに加えてリリース時に横方向の力が加えられるので、同じ側の打者(右対右、左対左)には特に逃げていくように見えます。
ストレートは腕の角度と手首の関係からシュート回転しやすくなります。
またサイドスロー投手にとってフォークは投げづらくなりますが、横から投げることによって上から投げるフォークとは違って、ジャイロ回転とシュート方向のサイドスピンの中間のようなフォークを投げることができるようになります。それを武器とした投手もいます。
③スリークォーター
スリークォーターで投げる変化球はアームアングルが斜めなのでオーバースローとサイドスローを良いところ取りした反面、少し中途半端にはなるかもしれません。というのは、縦変化のフォークやカーブはオーバースローほどは落差はないけれど、サイドスローよりは投げやすいといった感じです。
腕の角度が斜めなのでサイドスローほどではないですが、スライダーやカーブ、シュートなどの横の変化をオーバースローよりは出しやすくなります。
フォーシームは腕の角度が斜めなので、純粋なホップ型のもの(キレイなバックスピン)は投げづらくなります。そのためホップ型のフォーシームを投げるために手首を立てたり、ひじを曲げたり、オーバースロー気味に体を少し倒す投手もよく見られます。
④アンダースロー
ストレートに関しては、基本的にスピード(球速)は出しづらくなりますが、低いリリースポイントから浮き上がるような軌道でボールを投球するので、”ライズボール”などと例えられます。
そのため空振りやフライに打ち取れることが多くなり、内角高めの速球を武器とする投手は多くいます。
基本的にストレートは上からたたくようなリリースができないので、シュート回転することがほとんどです。しかしヤクルト山中投手はリリースの際に手首を立てることで、伸び上がるようなストレートを投げることを意識しているようです。
アンダースローはボールに対して下から上にこする(すくい上げる)ようなリリースができるので、シンカーやスクリューボール、チェンジアップ、スライダー、カーブなどの変化球は一旦浮き上がってから落ちていくような特有の軌道を出すことができます。
このことから同様にジャイロ回転をかけやすくなります。
・腕・上体の回転方向と投げやすい変化球の回転方向は一致する・それぞれの投法から生まれる特有な回転・軌道があり、武器になる・変化球の握り・リリース・手首の角度など工夫することで、適しない変化球も投げられる
4, ジャイロ回転のリリースについて
3章でいくつかジャイロ回転のリリースについてあったので、ここで別に説明します。
ジャイロ回転は回転軸が進行方向を向いたような回転のことで、ボールの側面もしくは下面に対してこするような(切るような)リリースが必要になってきます。
この時ジャイロ回転については回転(数)のかけやすさで言うと、腕が横振りの時の方がかけやすいと思われます。要するにアンダースローやサイドスローの時が最も回転をかけやすく、オーバースローが比較的かけづらく、スリークォーターはその中間といったところです。
またサイドスローは逆方向のジャイロ回転もかけやすく、潮崎投手のシンカーはジャイロ回転をしていました。
ジャイロ回転のボールは基本的に真下に落ちていきますが、リリース時における力のかかる方向がジャイロ回転のボールの変化方向に重要になってきます。
つまり、腕が縦振りの時はボールに対して上から力がかかるので、下方向に落差が出ます。横振りの時は横方向への変化が大きくなります。
例えばオーバースローやスリークォーター投法において、腕が縦振りになることでジャイロスピンの強いスライダー(スラッター)は、縦変化を出しやすくなります。腕が縦振りになることで、リリースポイントにおいて上からの力がかかりやすくなり縦の変化を出しやすくなるからです。
腕の振りが縦になることでスラッターの落ちがよくなり、ピッチングがよくなった例がいくつか確認されています(ダルビッシュ投手、広島中村投手やDeNA濱口投手)。
ダルビッシュ投手に関しては、試合中にフォームを縦回転気味に修正することでスラッター、その他の球種含め縦の落差を出しています。
逆に横振り気味のスリークォーターやサイドスローでは、リリース時に横方向の力がかかるので、スラッターは横の変化が大きくなります。
またリリース時の力のかかり方に違いが出てくるケースとして、投げるコースによってもある程度変化方向が変わってくると考えられます。
例えば右投手が右バッターのアウトコースに投げようとすれば左方向への力が強くなり、横の変化量が少し大きくなります。
また低めに投げようとすれば下方向への力が強くなるので、少しだけ落差が出てくるなどです。
・ジャイロ回転は、横振り気味なサイドスローやアンダースローの方がかけやすい。またリリース時の力のかかり方によって変化方向が変わりやすい。・腕が縦振りの時の方が、ジャイロ回転のボールは落差が出る・投げるコースによっても少しだけ変化方向が変わる
5, 現在のトレンドにおける最適説
現在、MLBでも日本プロ野球でも速球の高速化が進んでいます。(MLBの記事もあったような気がするのですが見つかりませんでした…)
変化球でもその流れは同様で、どれだけより速い変化球を投げて速球に似せるかになってきています。データ分析も進み、”ピッチトンネル”という概念が生まれて、ピッチングは変化球を速球に似せ、膨らみの少ないボールを適度に曲げるかになってきています。
昔は曲がりの大きなフォークやカーブで勝負するようなピッチャーが多く見られましたが、現在ではそこまで多く見られるわけでもありません。
そんな中現在の変化球の”トレンド”として、個人的にジャイロ回転の強いスライダーとカットボールの中間球”スラッター”と速い球速でリリースされサイドスピンが強くブレーキがかかって急に落ちていく”高速チェンジアップ”、少しサイドスピン要素の入ったツーシームジャイロ回転で鋭く落ちる”スプリット(SFF)”があると感じています(あと”パワーカーブ”など)。
お股ニキ氏(@omatacom)はtwitterや著書で「スラットカーブ理論」や「スラットシュート理論」などを書かれています。
この3つの球種はジャイロスピンとサイドスピンの球です。
また現在の打者を抑えるためには、高いレベルでの球速が必要になっています。
この2つの条件を押さえた上で、個人的に現在のトレンドに適したフォームは「サイドスロー寄りのスリークォーター」なのではないかと考えています。
先に挙げたジャイロスピンとサイドスピンを投げやすいフォームは「横振り」だと説明しました。また球速を出しやすいのはオーバースローからスリークォーターだと説明しました。そのことからスリークォーターな上で横振りに近くなる「サイドスロー寄りのスリークォーター」は適しているのではないかと思います。
またこの投げ方だとスライダーとツーシームとの投げ分けで横幅を使った投球もしやすくなります。
またこれによる付加価値もいくつかあって、腕の位置が比較的肩への負担が少ないとされる”ゼロポジション”付近であることで、怪我のリスクもある程度は減らせるのではないかということ。
またこれはスリークォーターのメリットともかぶりますが、比較的目と同じ高さでリリースできるのでコントロールが安定しやすいということです。狙いを定めるときに目と近い・高さが同じ方がいいことは感覚的に理解していただけるかと思います。
現在MLBにおいて「スラットチェンジ型」で成績を残しているNYMのデグロム投手やWSHのシャーザー投手がこのようなアームアングルをしており、ある程度帰納的にもこのフォームはよいのではないかと考えることができます。
現在の野球のトレンド“速球”と“スラッターと高速チェンジアップ、スプリット”に適したのは「サイドスローよりのスリークォーター」だと考えられる
6, まとめ
主なアームアングルについてそれらの特徴から、それらに適した変化球について書いてみました。(フォームの説明はほぼwikipediaから引用してます)
実際に投げる方はそれぞれの投法の特徴を知って頂いて、それを生かして頂けると幸いです。見るだけの方も、今まで見てなかったような視点でピッチングを見て頂けると一味違う楽しみ方になるかと思います。
またそこから現在の変化球のトレンドにあったフォームを考えてみました。
あくまでも投げるボールのトレンドにあったものを考えてみただけで、これを全員がやるべきだとか、このフォームなら間違いないとかいう極論ではないことにお気を付けください。フォームはいろんな要素から決められるものなので…
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