アンダースロー
ドラゴンズの往年の右のアンダースローピッチャー三沢淳氏が亡くなった。69歳。中皮腫による死亡。元衆議院議員。
星野仙一、松本幸行とともに70年代のドラゴンズのローテーションの一角を担った。1974年の優勝時には45試合登板して11勝を挙げている。
高校の1年後輩に梨田昌孝がいる。
アンダースローといえば、かつては阪急の山田久志、足立光宏を筆頭に中日で活躍し王に対して背面投げを披露したことで有名な小川健太郎(黒い霧事件で永久追放になる)、江川卓とのトレードで話題になった小林繁や、カープと南海で活躍した金城基泰とか、いくらでも名前がでてくるが、最近では牧田和久くらいである。
高校野球も、どの高校もアンダースローの投手ばっかりだった時期が結構長かった。当時の日本人の体格が小さかったがための工夫であろう。
最近の高校生は体格もいいし、何しろ150km/hを平気で投げる投手がワンサカいる。
そのためアンダースローの投手なんて希少価値になってしまった。
時々オーバーハンドピッチャーがスリークオーターやサイドハンドで投げることはあっても、アンダースローはいない。おそらく牧田が最後のアンダーハンドの投手になるのではないか。
今のプロ野球は体格がガッチリして、球速が早くなければ入団はおぼつかない。あのアンダースロー独特のモーションと内角低めギリギリに入るコントロール、それがもう見ることはできないのは残念ではあるが、これも時代の流れというものであろう。
三沢淳さん、ご冥福をお祈り申し上げます。
追記 ソフトバンクの高橋礼投手がアンダースロー投手でいました。忘れてました。申し訳ございませんでした。
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