化け物(ショートショート)
一つ目小僧が出てくるという噂を耳にして、目明しの八っつあんが真夜中に、出没したという場所までいってみた。そこは石でできた橋の真ん中で下はちょろちょろだが、川の水が流れている。丁度向こうの村との境目にある橋で、両国橋と名がついている。つまり向こうは別の藩なのだ。
藩境であるにもかかわらず、役人は1人もいない。行き来は自由なのだ。
八っつあんが提灯を橋の真ん中に向けて照らすと、果たして、1人の女性が橋に向かって立っている。こちらからは背中しか見えない。それにしても一つ目小僧っていうくらいだから、この女性ではあるまい。もしや身投げでは、と思い、八っつあんはその女性に声を掛けた。
「ちょいと、そこのお方」
「はい」
女性は色っぽい声でこちらを向いた。
「あんた、身投げしようっていう魂胆じゃあないでしょうね。家は何処だい。こんな夜中に。よかったら送るよ」
と言いながら、提灯の明かりを女性の顔の方へ向けてみると、なんとのっぺらぼうではないか。
「なんだのっぺらぼうか。おいらが探しているのは一つ目小僧でね。あんたじゃないんだ。しらないかい、一つ目小僧の居場所」
のっぺらぼうは首を横に振った。
「なんでえ、一つ目小僧はいなくて、のっぺらぼうかい。さては、お前タヌキが化けたんだろう、どうだ」
そういうとドロンとのっぺらぼうは一つ目小僧になり、そしてまたクルッと回ってタヌキになった。
「やっぱり、そういうことかい。お前、こっちにくるな、向こうへ行け。向こうはウチの藩じゃないから管轄外だ。そっちで悪戯しておくれ」
そういうとタヌキは向こうへ消えていった。八っつあんも安心して家に帰っていった。
翌日隣の藩では、大入道がでたという噂がしきりに流れたので、目明しの熊さんが夜中に両国橋付近まで出ていった。
すると橋の手前で女性の後ろ姿に出会った。
「こんな夜中に女性がこんなところで何をしておいでだ」
熊さんがそう声を掛けると、女性が振り向いた。のっぺらぼうである。熊さんはこれ幸いと「のっぺらぼうなら、大入道の居場所をしってるんじゃないか」と聞いた。
のっぺらぼうは首を横に振ると
「さてはお前、タヌキだな。正体見せろ」
と熊さんが言った。
のっぺらぼうは大入道に変身して、それからタヌキの姿になった。
「あっちの橋の向こうで悪さするならしな。そっちはウチの管轄外だからよ」
そういって熊さんは元来た道を戻っていこうとすると、
「あいや待たれよ」
と声がした。八っつあんである。
「そっちの国で起こったことを、こっちに回して詮議させようとしておるな」
「タヌキのすることでござる。そちらにいったのだから、そちらで詮議するがよろしかろう」
熊さんが言った。
こうなるとタヌキは逃げ場所を失い、困ってしまった。
「悪戯タヌキめを成敗すればすむことではないか」
熊さんが言った。それを聞いてタヌキは慌てて川に飛び込んだ。川に水はちょろちょろしかなかったが、器用に飛び降りてそのまま逃げてしまった。
「逃げられちまったな」
「いいんじゃないかい。これで懲りたろう」
そういうと八っつあんは一つ目小僧に、熊さんは大入道に変身してお互いを見て笑いあった。