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ジンクス(ショートショート)

 何という事だ。このチャンスの場面で俺は右足からバッターボックスに入ってしまった。9回裏二死満塁。2-1で負けている。
 右足から打席に入ると打率は1割台、左足から入ると3割台なのだ。どうしようか。もう一回、仕切り直してから打席に入るべきだろう。しかし最初に右足から入った事実は曲げられない。どうにか気分を落ち着かさなければ。
 俺はタイムを取り、一旦ベンチに戻った。これなら仕切り直しになるだろう。
 しまった。ベンチに入る際、右足から入るのを左足から入ってしまった。最悪だ。左足からベンチに入った後は、必ずヘマをする。いっそ交代を申し出るか。実際、お腹が痛くなってきた。だがまてよ。お腹が痛い時に限って、大きいのが出ている。これは急いでトイレに行かなければならない。大きいのがトイレで出れば、打席でもいい当たりが生まれている。
 俺は観客を待たせ、トイレを済ませ、悠々とグラウンドに足を踏み入れた。ベンチから出る時は右足からである。そして打席に入るのは左足からである。このジンクスは結構当る。俺は左打席に入った。
 しまった。スパイクのひもが緩んでいる。直さなければならないが、もはやはじまっている。投手が球を投げた。スパイクの紐が緩んでいて気づかない時にはだいたい凡ゴロだ。俺は初球を見送った。内角低めの打てない球だった。これは見逃していい。ノーボールワンストライク。
 俺は打席を外し、靴紐を直した。そして打席に立つ。しまった。また右足から打席に入ってしまった。最早、もう一度ベンチに戻ることは出来まい。投手が球を投げてきた。俺は思いっきりバットを振った。バットに当たった球はぐんぐん伸びてスタンドに入った。逆転サヨナラ満塁ホームランだ。俺はヒーローだ。やったー!
「バッターアウト、試合終了」
 審判の甲高い声が聞こえた。どういうことだ。俺は審判の顔を見た。審判は真面目な顔で言った。
「右足がラインから外に出ていたよ」
 左足からベンチに入ると必ずヘマをするジンクスが当たってしまった。

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