高所恐怖症(ショートショート)
俺は売れないタレントである。売れないタレントなので、TV局の指示には極力従わなければ仕事をもらえない。
だが問題がある。俺は高所恐怖症なのだ。ジェットコースターとかはあっというまに昇り降りだから、どちらかというと平気なのだが、観覧車がいけない。のったりのったりと上に昇って、頂上までくると、またのったりのったりと降りていく。しかも重心がどちらかに傾くと揺れる。それが怖い。
東京タワーなどの展望台から景色を見る分にはなんともないが、真下を見ると、怖い。あるでしょ、あのガラス張りの床が。
飛行機なども全然平気なのだが、多分、乗ったことはないが、ヘリコプターとかだったら失神してしまいそうな気がする。ましてやスカイダイビングやバンブージャンプなんて論外である。
ところが結構高い所から何かをするという演出がTV局は結構好きで、売れないタレントにそれを強要する。恐怖にひきつった表情を映すのが好きなのだ。だから高所恐怖症な人間ほどそういう役割をやらされる羽目になる。
泣いて懇願しても駄目である。最悪、明日から食い扶持がなくなることになってしまうのだ。
そんな俺が新製品の人が乗っても平気だというドローンに乗る羽目になってしまった。
森と湖がある綺麗な自然公園でそれは行われた。
いざという時のために脱出用のパラシュートを背中につけて、安全帯をドローンと俺にしっかりつける。専門家からいろいろレクチャーを受ける。ディレクターからは「何かあったら、この企画はボツになってしまいますから、何もないようにお願いしますね」といわれる。何かあったらもう君は使わないよといっているのだ。
こんなちゃちな半畳くらいの大きさの乗り物に乗って、空を飛ぶのである。アンビリーバボーだ。
「いいですか、カメラテストします」
そういわれて俺はドローンにしがみついた。操縦は操縦士が遠隔でする。
「それでははじめます」
ドローンはゆっくり、激しい音をたててまっすぐ上空へ昇り始めた。人間が米粒くらいになった。俺は青くなり、気分が悪くなった。小便がちびりそうである。だが大丈夫。もしもの時のためにおむつを装着している。
ある程度の高さになるとドローンは横に動き出した。その瞬間、俺はバランスを崩した。ドローンは傾き、俺は安全帯のおかげで、落ちずにすんだが、ドローンからぶら下がっている格好になった。こうなると声も出ない。
ゆっくりゆっくりドローンは地面に戻っていった。
「どうです、平気でしょう、本番いっても大丈夫ですか」
俺は力なく頷いた。
「では本番いきます。なるべく怖がってくださいね」
そういわれても怖さを通り越して、声も出ない。だがそこはタレントである。時にまずい料理を食わされても「うまい」といわねばならぬし、つまらない製品に対しても大げさに褒めなければならないこともある。プロ根性を見せねばならない。
再度ドローンは上空へ上がりだした。俺は「ギャーッ」と声を出し、「やめてくれ、やめてくれ」と大げさに叫んだ。
さっきと同じ高さにまでくると、ドローンは横に動き出した。今度は冷静にバランスを崩さぬようにドローンにしがみついた。
ところがそこでくるっと一回転しだしたのである。こんなこと聞いてない。またも俺は無口になって、ドローンにしがみつくのが、やっとであった。
8の字旋回を始めたかと思うと、急降下、急上昇、台本にない動きにさすがに俺は気分が最高潮に悪くなった。
「コントローラーが壊れた」
操縦士がいった。ドローンの音で誰が何を言ってるのか聞こえないなかで、その声だけは確かに聞こえた。
じょ冗談ではない。俺はこれからどうなるというのか。だんだん彼らからドローンは離れて森の中のほうに向かって飛んで行った。果たして俺の運命やいかに。
その瞬間、俺はバランスを崩し、また安全帯でぶら下がった状態になった。下の方で皆が叫んでいるが、当然聞こえない。
そうだ、パラシュートがあった。安全帯を外し、パラシュートを使おう。だが、まてよ。この程度の高さでパラシュートはちゃんと開いてくれるのであろうか。不安がよぎったが、スタッフを信用して、いちかばちかやってみることにした。
安全帯のフックを外し、俺はパラシュートの紐を引っ張った。パラシュートは思ったよりも速く、あっという間に開いてくれて、ゆっくりと俺は地上に降りていった。
「助かった」
青い顔をした俺は震えながらそう思った。
パラシュートは思ったよりも風の影響を受け、俺から見ると右の方向へと移動していった。向こうには湖があった。どうやらこのままいくと湖の中に着水しそうである。
俺は叫び声をあげた。
「助けてくれ!」
実は泳げなかったのである。