田舎の郵便局(ショートショート)
ここは田舎の郵便局。1人の初老の男が入ってきた。
「すいませんが、局長さんはどなたでしょうか」
その声に50代後半くらいの男が、少しあわてた態度で椅子から立ち上がって、その男の前にカウンター越しに立った。
「局長は私ですが」
局長は大きな預金でも入れてくれるのかと思って、もみ手をしながらニコニコしている。
「実は私、こういう者でして」
男はさっと名刺を局長に手渡し、挨拶をした。局長もあわてて机の引き出しにしまっていた名刺をとりに戻り、名刺交換をした。
局長は名刺をみてギョッとした。
強盗 春日 五郎
と書いてあったのだ。
「あのー、強盗というのは何かのご冗談でしょうか」
もらった名刺を両手で握りしめながら局長が聞いた。
「いえいえ、本業です。今から、こちらにある現金を全て頂いて帰りたいと思います。あっ、勿論、お札だけで結構です。重たいですからね」
「あのーこんな田舎の郵便局なんで、おカネなんてそんなにありませんけれど」
局長は素直に答えた。
「かまいません。あるだけで結構なのです」
男は慇懃な態度を示しながら答えた。
「あのー凶器はどこにあるのでしょうか」
なるほど、ごもっともな話である。無腰で来る強盗もいないであろう。
「それならここに」
そういって上着をめくると、果たしてダイナマイトらしきものを腰のベルトにいくつもグルリと縛り付けていた。右手にはライター、左手に導火線を持って。
「ぎょえー」
局長はビックリした表情をみせながら、あわてて男からライターを奪い取った。
「危ないことをしなさんな」
はあはあいいながら局長がいった。
「まだあるよ」
男はズボンのポケットからライターを取り出した。
「あんたも死ぬんやで」
局長がいった。
「あんたもわしもな。だからカネよこしなさい」
冷静な声で男、いや犯人はそういった。
しばらく睨み合いが続いた。そのうち、パトカーが音を出さずに、数台やってきて、郵便局の中へ入ってきた。郵便局の誰かが緊急連絡をしたのだ。
警官10名ほどが犯人を取り押さえ、お縄を頂戴した。あっけない幕切れだった。
パトカーが犯人を連れて、出ていった。局長以下ホッとして中に入ると、なんとさっき捕まったはずの犯人、春日五郎がいるではないか。
「どうやって逃げたんだ」
お化けにあったような顔で局長が聞いた。犯人はすでに金庫を開けて、カネを持参していたバッグに入れ始めた。そこへさっきの警官たちが戻ってきて、また格闘になり捕まえて、連れて行ってしまった。
今度こそは大丈夫だろうと思って戻ってみると、やはり春日五郎はいた。バッグに札をいっぱい入れて、といってもたいした額は本当に入ってなかった。
「じゃあ、頂いて帰ります」
犯人はそういうと堂々と正面入り口から出ていった。そこへまたパトカーが戻ってきた。
春日五郎はそれを確認すると、スッと消えていなくなってしまった。
テレポーテーション。瞬間移動だ。
局長は地団駄を踏んでくやしがった。そこへふと見ると紐が見えた。浮いていた。局長はもしかしたら、と思ってその紐に、さっき奪ったライターで火を点けた。
数秒後、ドカンとすぐ近くで音がして、空に札束が飛ばされて、ヒラヒラ飛んでいた。さいわい誰も怪我はなかった。春日五郎は消えたままどこへいったか不明であった。