怪談(ショートショート)
俺は今日からタワーマンションの最上階の住人である。セレブの仲間入りである。荷物を運び終え、あらかた片付いて、ふと時計を見ると午前2時になっていた。
セレブらしくここはワインかなんかをグラスに傾けて、夜景を眺めるのもいいが、実は明日は朝から仕事が入っている。セレブとは名ばかりで、余裕がない。カネはしっかり握っているのだが、今辞める訳にもいかない。多分仕事が好きなのだろう。
俺はベッドに横になり、眠りに着こうと照明を消した。布団をひっかぶって大の字になった。なにしろこの日のために買った新品のダブルベッドなのだ。気持ちのいいことこのうえない。横に可愛い彼女でもいれば、いうことはないのだが。
うとうとしてきた頃、急に布団が重くなってきた。目を開けると、中年の女性が上に乗っかかっている。幽霊だ。その証拠に白装束、おでこに三角巾をつけている。天冠というらしい。
「うらめしや、三郎殿」
幽霊はそういった。俺は三郎という名前ではなく、誰か人違いだろう。それにしても新築のマンションのしかも最上階に幽霊が出るなんて考えもしなかった。早くも事故物件だ。
「最早お忘れか、お前に殺されたトキでござる」
幽霊は余程苦しいのかはぁはぁ荒い息を吐きながら、俺の顔に息がかかるほど近づいてきた。
「お、俺は三郎などと言う名前ではない。誰かと間違えたのだろう。早々に出て行け」
俺は震え声でそう叫んだ。
「何を言う、お前様は三郎殿の生まれ変わりじゃ。当の三郎殿は恨みを晴らす前に安政の大地震で死んでしもうたのじゃ。それでは私の腹の虫が収まらず、生まれ変わってくるのをじっと待っておったのじゃ」
苦しそうな息を吐きながら幽霊は一気にそう喋った。
「それが何で今頃、現れるんだ」
それが謎であった。
「三郎殿、忘れたか。この場所は2人で昔住んでいた長屋があった場所じゃ」
成程、それで俺が導かれるようにこのマンションに来るまで、この幽霊は170年も待っていたというのか。それにしてもおかしい。ここはタワーマンションの最上階である。昔住んでいたという長屋は当然ながら1階しかあるまい。幽霊だから、壁をすり抜けることはできるのかもしれないが、こんな高い場所までこられるものなのだろうか。
「お前、こんな高い場所までどうやって来たんだ」
そう尋ねると幽霊は迷わず即答した。
「階段(怪談)じゃ」
「それでそんなに息が荒かったのね」
お粗末。