亀は万年(ショートショート)
歳を取ったら、亀の甲羅のようなものをつけられるのだ。そうすることにより、動けなかった体が再び動けるようになり、若者にも負けない運動能力が備わる。
それさえあれば、もはや高齢者施設など不要だ。あれだけ増えていった施設は、この機会が発明され普及すると、もはや必要とされなくなり、どんどん潰れていった。
平均寿命はしかし不思議なことにどんどん下がって80歳くらいになった。この機械が普及される前は100歳くらいだったのだ。
以前は増えすぎた高齢者を支援するために高齢者介護施設に勤めていた若者が多かったのだが、こういう世の中になると若者を中心に失業率が高くなった。
他の業種は機械化が進み、人間がやらねばならない仕事も安い労働力として外国からくる若者を使う企業が増えていた。
数十年前は1人が3人の高齢者を支えないといけなくなるといわれた年金も、むしろ高齢者が若者の生活保護費を出しているような塩梅であった。
心の病に陥る若者は増え続け、引きこもりや自殺志願者なども増えていった。
このままでは日本の未来が危ない。
そうさけぶ者たちもいたが、具体的に方策はなかった。なにしろ政治家連中も亀の甲羅をつけた年寄りばかりになって、最高齢は98歳の衆議院議長であった。
「君、甲羅を背負わんうちは、まだ政治家としてはひよっこだよ」
などとうそぶいている始末。
亀の甲羅は高齢者たちを万能にした。経験と実力があっても運動能力の低下で動けなかった老人たちは活気づいていた。
だがこの機械にも弱点があった。弱点といっていいものかはわからないが、高齢者に無理がいっていることは事実であり、そのため平均寿命も下り傾向なのであった。
ある日、農作業をしていた高齢者が作業中に心臓発作で亡くなったが、機械はバッテリーが続く限り動くので、死んだまま働いていたそうだ。
高齢者が車を運転中にこれも突然死してしまい、それでも亀の甲羅のおかげで家まで辿り着いたということがあった。
基本的にはこの機械を背負うと認知症にはならないとされていたが、例外はあり、力が強くなった認知症の高齢者は、暴れだしたら誰も止めることができずに、警察が発砲したという事例もあった。
そんな老後は送りたくないと、甲羅は背負いながらも、趣味の世界に没頭する人もいた。年金がもらえるのに、何で100歳近くまで働かなければならないのか。そういう人たちにとっては不思議でならなかった。若者に全部譲ってやればいいんだ、年寄りは静かに老後を楽しもう、ある政治家が引退する時にそういって、他の議員たちを皮肉ってやった。
だが権力に固執する彼らには皮肉は通じなかった。
ある日、機械に欠陥が見つかった。重大な欠陥であった。だが場所が場所なため、外して修理する必要があった。メーカーはすぐさまリコールをかけたが、命の危険があることを告げねばならなかった。
「私は日本国家にとって重要な人間なのだから失敗してもらっては困る」
衆院議長が病院を訪れて、そういった。
「なにぶんにも先生の体力次第でございます」
メーカーの技術者がいった。
「ところで、どんな欠陥なのだね」
「それは・・・」
「いえんのかい」
「いえ、1/100の確率でショートして発火する虞があるんです」
「それは危ないじゃないか」
「今のところ症状のある方は出ておりませんが、それよりも、外したあとの先生の体力が大丈夫かが心配なのです。ご高齢ですから。おやめになったほうがよろしいかもしれません」
付き添いの医者がいった。
「体力には自信がある。やってくれ。私がすると、みなも安心してするだろう」
体力に自信があるという先生は確かに元気ではあったが、年齢が年齢なので、心配はあった。
念のため精密検査をして、Goサインがでたので、いよいよ外すことになった。
亀の甲羅は結構簡単に外せた。念のため先生はベッドに睡眠薬で眠らせておいた。さあ急ピッチで修理にとりかからねばならない。
「あっ大変です。先生が、先生が」
看護師が叫んだ。
衆院議長は甲羅を外すと、みるみるうちにしわしわだらけのミイラみたいになっていった。医者が急いで脈をとったが、既に死んでいた。
「老衰ですな」
医者がいった。
「やっぱり98歳は耐えられなかったようですね。これからどうしましょうか。欠陥をそのままにはしておけないし」
メーカーの技術者がいった。
「何もしない方がいいでしょうね。1/100の確率で発生した時はその時はその時で対応するしかないでしょう」
医者がいった。
「正直に国民に伝えることが大事です」
その言葉にメーカーの技術者はうなづいた。
衆議院議長の死は高齢者にショックを与えたが、メーカーが、もしもの時の対処法を丁寧に説明して回ったので、予想したほど混乱はなくてすんだ。なお議長の死は老衰であったため、メーカーに責任はかからずに済んだ。
噂によると、ある議員の口座に、メーカーから多額の寄付があったという話である。