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美容室(ショートショート)

 駅近くの美容室にカリスマ美容師がいるといううわさを聞きつけ、どのようなカットをするのだろうかと興味を持った。ただそういうところってお高いんだろうなと思っていたら、それが普通の美容室よりは安いらしい。きわめて眉唾もんであるが、安いなら敷居も低い。行って見ることにした。
 行って見ると外観が極めて旧式のお店であった。こんなところにカリスマ美容師がいるはずはない。入るのに躊躇した。何かの間違いではないか。
 そこへ、年配の女性が中へと入っていったので、少し店の中が見えた。いかにも旧式の椅子に、古くなって汚れたクッションフロアー、照明もホコリか何かのせいで薄暗い。
 やめよう。これなら駅中の1000円カットの店の方がマシかもしれない。その瞬間、中にいた若い男の人と目があった。そしてその男の人は外へ出てきて、「お客さんでしょ、どうぞ」といった。どことなくカマっぽい雰囲気の人だ。もしかしてこの人が、カリスマ美容師かもしれない。
 今さら小学生みたいに、走って逃げる訳にも行かないので、仕方なく中へ入ることにした。少しカリスマ美容師への期待もあった。不安もあったが、そこは女性と違って男だから、多少おかしくなっても笑ってすまされる。
 早速待つこともなく、席に座らされた。前に入った年配の女性は、既に同じくらいの年齢の女性美容師に髪をいじくられていた。
「どのようにしますか」
 オカマ言葉の美容師がいった。
「あのー、ここにカリスマ美容師がいるって聞いたんですけれど」
 俺が恐る恐るそう聞いた。
「ああ、それは私のことだわ。でも間違っているわ」
 マチガッテイル。ナニガ。
「カリスマじゃなくて、カリスマい、仮住まい美容師なの」
「どういう意味ですか」
「つまり独立したくても、まだできなくて、ここで仮に住まわせてもらって修行をしてるってことね」
 オーマイガーッド!
 つまりは修行中の身、半人前っていうことか。
「この前、冗談で、お客さんとそういう話になって、その方が広めたのかしら。やーねー」
 俺は覚悟を決めた。


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