契約(ショートショート・星新一風)
N氏の豪邸に泥棒が入った。生憎というか幸いと言うかN氏は就寝中であったので、泥棒に気付かなかった。泥棒は隠し金庫の場所を探り当てたが、どうやって開けたらいいかわからない。仕方がないので、N氏の寝室に入り込み拳銃を一発、空に向けて撃って、N氏を起こした。
「何事だ。お前は誰だ」N氏は恐怖と驚きと怒りに滲んだ表情で泥棒に叫んだ。この瞬間、泥棒は強盗になった。
「金庫の開け方を教えろ。さもないとお前を殺して、無理矢理金庫は爆破してでも開けてやる」
そんなことをされたら、たまらない。ここは強盗の言うに従って金庫を開けるしかないと観念した。
金庫を開けると札束は勿論、貴金属類や債券等が沢山収まっていた。強盗は持ってきていた袋にそれらの中から足がつき難そうなものを物色して袋に入れていった。N氏がいった。
「こんなことをしてきっと後悔するぞ」
強盗はせせら笑って拳銃をN氏に向けて撃った。N氏はその場に倒れこみ、絶命した。強盗は殺人犯になった。
その瞬間、声が聞こえた。
「やっちゃいましたね。おかげでN氏の魂は私のものになりました。そういう契約だったものでね」
N氏の死体から黒い影がだんだん大きく膨らんできて殺人犯に告げた。
「ここで貴方と契約しませんか。生きている間は金持ちにさせてあげますが、死んだら私に貴方の魂を下さい」
それを聞いて殺人犯は青ざめた。
「お前は誰だ」
黒い影は答えた。
「死神ですよ」
冗談ではない。こんな奴に取り憑かれたら、一生ビクビク暮らさなければならない。それに既にもう俺は大金を手に入れたのだ。死神の手を借りるまでもない。殺人犯は死神の申し出を断り、拳銃を弾のありったけ死神に向けて撃った。勿論死神であるから、そんなことをしても効きはしない。
殺人犯は乗ってきた車に乗り、盗んだものを後部座席に放り込み、急いで車を走らせた。
正面に死神の黒い影が立っているのが見えた。殺人犯は思いっきりアクセルを踏んだ。目の前にあったのは大きな杉の木であった。スピードを出していたので、車はぺしゃんこ、殺人犯は死人になった。
「あーあ契約すれば、もうちょっと長生きできたのに。契約は成立しなかったが、死ぬまで金持ちにはしてやったので、こいつも連れて行こう」
こうしてN氏と死人は死神によって、どこか遠い所へ連れていかれた。
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