キンエン
タバコをやめたのは、今から15年ほど前のこと。世の中は嫌煙ムードがもりあがりつつあり、家でも最初換気扇のあるトイレで吸わされ、それでも、臭い、壁紙がヤニで色が変わった等いわれホタル族となり、ベランダで吸っていたら、今度はマンションが敷地内全面禁煙を打ち出してきた。これでは吸うところがない。通勤の車の中でも吸うなといわれているし、会社でしかもはや吸えない状況に陥っていた。
会社内(店内)でも嫌煙家はおり、喫煙する人数のほうが少なかった。そこで、喫煙室なるものを事務所に設けて、換気扇を設置し、煙がもれないように試みた。だが思ったようには効果は出ず、喫煙者の立場は悪くなるばかりであった。
そんなおり、タスポなるものが登場し、タバコを買いにくくしようという世間の圧力がはじまった。社会から喫煙者は人間扱いされないということを私はしった。基本的人権の尊重は認められなかった。
そういうわけで、タスポの登録も何となく気が進まなかった。かといって、いちいち車から降りてコンビニにタバコを買う事は面倒くさくもあり、私は禁煙を決意した。
どうせタバコはどんどん値上げする。そのうち千円くらいになって、吸いたくても吸えなくなる。わが財布の経済をこれ以上圧迫するわけにはいかない。
まずは禁煙ガムを買って噛んだ。噛んで噛んで噛みまくった。店内の喫煙者にも強制的に禁煙させた。見ていると吸いたくなるではないか。強権発動である。店内事務所全面禁煙である。おかげで、閉店してから、帰るまでの時間が恐ろしく早くなった。連中は車の中でタバコにいそいで火を点けていた。
禁煙パッチも使ってみた。ガムは飽きずに噛み続けた。そのかいあって3ヵ月。もう大丈夫だ、私は克服したのだ、禁煙に成功した。自分で自分を褒めてあげたい。これほど自分が偉大に感じたことはなかった。
それから約15年。一度も吸ってはいない。一緒の時期に禁煙を試みた仲間は数人いたが、皆、挫折していた。もう一度いおう。これほど自分が偉大に感じたことはなかった。
タバコを辞めると今度は喫煙者のタバコの煙がやたらに臭くてたまらなくなった。ああ、これを何十年もわが妻は吸わされてきたのか、と思うと申し訳なくなった。
とにかくタバコを吸っている人から離れることである。臭くてしょうがないのだから。臭いから吸うな、とタバコを取り上げたくなる。その度に我が犯してきた罪を感じて自戒の念にかられるのであった。
タバコをやめると、太るというが、実際お菓子を食べるようになり5kg以上太った。そこで生まれて初めてダイエットを試みた。仕事で体を動かし、帰ったら筋トレ、夕食は妻が作ってくれた野菜ジュースのみ。それを2ヵ月続けて、何とか元に戻った。筋トレはまた太ったら嫌なので、継続することにした。
ところが病気になってしまった。バセドウ病である。最初に病院の先生にいわれた言葉「タバコは絶対ダメだよ」
タバコやめててよかった、と思った。
私に残された楽しみはもはや酒だけになった。ウイスキー、ビール、焼酎、そして特に日本酒の吟醸が大好きだった。毎晩飲むのが楽しみであった。
しかし病気のせいでどうも酒がうまくない。味がしない。私は自然と酒からも手を引いてしまった。酒タバコをやめ、カネが余っていくことに気づいた。お小遣いが余って累積していくのである。こんないいことはない。病院代さえなければ。
結局バセドウ病からうつ病を発症し、その薬の成分のせいで、酒は飲んだらあかん、といわれた。タバコの時と同じで、酒やめててよかった、と思った。
こうして私は、酒もタバコもやらない模範的な人間になったのである。
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