僕と麻雀 2浪編3本場
「代打ちデビュー」
もともと、ふらっと梅田で降りて街を散策し、雀荘の香りを嗅ぎたいだけでクラブ茶屋町の扉を開けた。
貸卓で打つ予定をしていたわけではないから、おばちゃんと軽く話をしてから帰ろうかくらいだった。
それなのに意外な友人が2人いた。
そして図らずもとんとん拍子で代打ちをすることとなった。
ルールは全く記憶に残っていない。
ただ4人サンマだった。
4人サンマとは、親が落ちて北家が抜け番になる。
抜けている間の点棒のやり取りは関係ないが、その時の決めによっては役満祝儀だけは支払うことがある。
トップが大きくなるのと、抜け番の間に他家の手を見てワイワイ言ったり、メシを食べたりするのが好きな人は、4人いても4人打をせずにサンマとなる。
僕は、抜け番の間にトップを逆転されることを不条理だと感じていたので、4人サンマは大嫌いだった!
しかし、しばらく麻雀をしていなかった僕にとって、4人サンマだからといってこの誘いを断る手はなかった。
高島から、ざっくりしたルール、レートとこれまでの借金額を聞いた。
数万程度だが、まあまあの額だった。
後ろ見していたときに他の2人の打ち筋が見えていた。
まだまだ粗い。
これならそうそう負けないだろうと思いながら高島の代わりに卓に着いた。
初めてのメンツであり、久しぶりの麻雀ということもあって、僕の気持ちは高揚した。
心臓がバクバクし、牌をツモる指先が少し震えた。
代打ちということもあり普段以上に慎重に打った。
リーチをかわし、アガリをものにするうちに胸の鼓動は収まり指先の震えもなくなった。
結局22時くらいまでやったように思う。
結果は圧勝だった。
代打ちデビューは成功した。
高島は、僕が来るまで負けていたが、この日は勝ちで終わった。
そして、彼の借金額はいくらか減った。
この成功から、僕は高島の専属代打ちとなった。
条件はこんな感じだった。
・勝ち負け、場代は全て高島持ち
・抜け番の時に食べる食事は高島持ち
十三の予備校からの帰り道に梅田で降りてクラブ茶屋町に寄るのが楽しみになった。
水を得た魚のように僕は、週に2、3回は代打ちをした。
大好きな麻雀を打っていて、リスクはなくメシまで食える!
さらに彼女のTさんには、これは友達の代わりでなんて詭弁を弄していて、麻雀をすることの罪悪感もほとんどなかった。
しかし、2ヶ月もすると高島の借金は無くなった!
それは、僕の代打ちが成功したということで喜ばしいことではあるが、結果的にミッションがクリアされたために職を失った。
僕の麻雀は自ずと次のステージに進むこととなった。
余談だが、T学園軍団のリーダーAちゃんは優秀な男だった!
夏休み前くらいに麻雀は18時までとするようになった。
ピシッと線を引き帰る。
確か東大理1に進学したように思う。
高島、N浦、U野の3人は医師になった。
みんな大したもんだ!!
次回「家にいたら黒電話が鳴って・・・」そんな感じの予定。