サヨナラ、親知らず
診察室に入った時、前回と違うことが直感的にわかった。
まず部屋の中にいる人数が多い。
歯医者の相場は2人だ。でも、4人いた。
多分新人の子が何人かいた。
おそらく、僕で研修をする気だ。
動物実験の気持ちが少しだけ分かった気がした。
あと、服が黒い。
歯医者といったら白衣である。
でも、みんな黒かった。
まるでこれからの大量出血を暗示しているようだった。
「これはやばいかもしれない。」
恐怖心が一気に押し寄せてきた。
でも、大丈夫。
僕は2週間前にも親知らずを抜いているので
大体の流れはわかっている。
この後麻酔して、歯をグリグリしてすぐに終わるはず。
「ドリル入れますねーー」
話が違う。
ドリルは工事現場で使うやつだ。
口に入れるものではない。
まだこの令和でも口の中にドリルをいれるのか?
歯医者さんが怖い、というイメージの代名詞であるドリル
それが甲高い音を立てながら口の中で暴れている。
音が怖い。
そうして僕は考えることをやめた。
一番最初に親知らずを抜いたのは8年前だった。
ちょっと歯治します、みたいなテンションで急に抜かれた。
信じられないくらい怖くて、信じられないくらい血が出た。
その時から2度と親知らずなんて抜くか。と思っていた。
あれから8年、遂に僕の口の中から4本の親知らずがなくなった。
毎年、今年のやることリストに入れていた「親知らずを抜く」
というイベントに、遂にチェックを入れることができた。
こんなにも時間がかかったことなのに、思っていたよりも達成感はない。
何か喪失感のようなものすらある。
歯が抜けた後、必ずお医者さんに「持って帰りますか?」と聞かれる。
僕は恥ずかしいので、「処分してもらって大丈夫です笑」と照れながら断っていた。
今まで僕の咀嚼を手伝ってくれた歯に
別れの言葉くらいかけてやればよかった。
少し後悔した。
そんな気持ちと同時に、2度と歯を抜きたくない。
自分の体の一部をこれ以上失いたくない。そう強く思った。
上手に歯を抜いてくれた先生に感謝を伝えた。
すると先生がこう言った。
「歯列矯正の検査結果が出ました。」
「おそらく上と下で2本ずつ歯を抜かないといけないですね。」
僕は考えることをやめた。