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【発狂頭巾アニバーサリーシリーズ】葡萄酒の一滴は血の一滴

以下は発狂頭巾オンリーイベント『キチケット第参版』で頒布されたものの再掲です。

(これまでのあらすじ:目の前で家族を殺されたトラウマ(妄想)が八百八個ある狂った同心の吉貝は、平賀源内に脳内エレキテルを埋め込まれたことでトラウマを抑制し、日常を取り戻した…かに見えた。
だが、江戸の狂騒は今日もまた、吉貝の脳内を搔き乱さんと渦を巻いていた……)

「さあさ、解禁だ!年に一度、南蛮渡来の葡萄酒がたったの一両で買えちまう!しかもこいつぁ、初物ときた!こいつは買わねぇと損だね、こりゃ!」

霜月の日暮れ、逢魔が時。既に日も暮れようという時だというのにこの日、江戸の町ではそこかしこの万事屋が声を張り上げ、提灯を振り乱す。

そんな街道を行く同心と付き人があった。
「む、なんだ?秋祭りにはまだ早いはずだが」
「なんだ、吉貝の旦那、知らねぇんですかい?『坊除霊』ですよ、『坊除霊』」
付き人のハチが指差す先には木箱に満載された瓶があった。それらは押し合う人に揺られちゃぷちゃぷと赤紫色の波を立てていた。

『坊除霊』。既に江戸史を学ぶものならば幾度と耳にしたはずである。
かつて縫帽寺という寺院に収められていた門外不出の霊薬であり、一口飲めばたちまち神にも等しい膂力を授かるという不可思議な薬液ことだ。しかしそれは建前。その真相は宗教上の戒律で酒が飲めぬ僧兵のための美酒であるとされているのだ。

「ふむふむ…なるほど、そうであったな。ハチ、貴様も知っておったか?まっこと珍妙な葡萄酒であることよ」

「へ、へい旦那。そ、そうですねぇ…」

ハチは自信が流した話題に渋顔を浮かべつつ、適当に相槌を合わせ吉貝の顔を仰ぎ見た。基地外の旦那の狂気はいつ色濃くなるとも判別できぬ。
今宵もこの江戸の喧騒に濯がれ、いつ何時狂気が顕れるかもしれない緊張が溢れているのだ。
いくら天才である源内先生の制作したエレキテルといえ、何があるかわからぬもの。それはこれまでハチが過ごしてきた凶事と照らし合わせれば自明の理である。

「だ、旦那…ここは……いつもの居酒屋に行って…あ、えーと、宴会と行きましょうや!」

ハチが吉貝の肩越しに声をかけた。

しかし……

「旦那?あれ、どこに?…あぁっ!」

刹那の入れ違い。吉貝はその手に死因のお猪口を持ちながら頭を押さえていた。

「ウッ……ウッ、ウッウゥゥ…………」

「……旦那?」

時すでに遅し、ハチの心配をよそに、この日ばかりは吉貝の様子が一変していた。

「サチヨ…ピガガ…坊除霊をともに天守閣で…アグゥッ!」

「旦那!?」

ーーーーーーーーー

「ガガピー…ジャポジャポ、本日の目玉商品は…………ア、ア、ア、アァ、ギョワーッ!」

「アヒイッ!」

数時間後、源内邸で吉貝は飛び起きた。

「ハァーッ、ハァッハァッ…」

「吉貝の旦那!ようやっとお目覚めになって…気分はど、どうです?」

ハチは源内先生を呼ぼうとし、動きを止めた。虫の勘である。

「…………」

「……………」

「ハチ……」

「ヘイ……………」

そう返事をするが早いか吉貝はハチの首根っこを掴み走り出した!

「出島だ!出島が、『坊除霊』が焼き討たれる!!」

「エッ、グギャッ!?だ、旦那、止め…」

吉貝は目を血走らせながら町屋を抜け南蛮人の都、出島へと歩を走らせた!ハチを右手に引き擦りながら!
吉貝の脳内にはかの平賀源内が造りしエレキテルが埋まっている。それは吉貝の狂気を収めるはずの鎮守の絡繰りであった。しかし、幾度の狂気が吉貝のエレキテルを刺激し続け今や誰某も知らぬ間に暴走機関車のボイラーになっていたのだ!

吉貝は走った!その右腕に赤線を後ろにするハチを引き擦らせながら!

「だ、旦那、痛い痛い!紅葉おろしになっちまうよぉっ!」

「何を言う、凶事だ、凶事よ!坊除霊に危機が迫っているのがわからんのか?」

息を切らしつつ吉貝はハチを一瞥しつつ言葉を紡いでいった。あたかも断腸の痛みを振り絞るように……!

「あれは今から20年前の事だ。サチヨと拙者は毎年『坊除霊』を記念日に開けていた……」

吉貝は両目に涙を浮かべつつ愛妻との情景(妄想)を思い出しながらポツポツと坊除霊について交えながらハチへと話し続けた。徳川様に仕え坊除霊を天守閣で開けた日、ヤクザ共を斬りつつそれを肴に坊除霊を開けた日、そして江戸に沸き続ける狂人どもを正気に返さんと奮闘し続け仕事終わりに坊除霊を開けた日々…。

吉貝には狂気を纏わせ続ける108の煩悩の呪い(妄想)がある。
この日、奇しくも今は亡き妻(妄想)の情景と坊除霊への想いの片鱗が彼の煩悩を解くカギとなったのであろうか?吉貝を突き動かしていたのだ!

それはなぜか?答えは誰にもわからぬ!

「ハチ、坊除霊よ。葡萄酒が売れることで恨みを持つ者がいる。やがてそれが狂気の道へと誘われるのだ…」

吉貝は後ろ手のハチへと諭すように話し続ける…

ーーーーー

一方、江戸の外れの掘っ立て小屋。

「グフフ、さてさて、これは件の坊除霊…フフ、兄貴の分け前です。さぁ、どうぞどうぞ」

頭巾姿の浪人に小判の詰まった重箱を薦めるものあり。その法被には「越」「後」「屋」の三文字。

即ち、かの悪名高き越後屋である!しかし彼がなぜ坊除霊との関係があるというのか?

「越後屋。お主も悪。大悪よの、ふ、グフフッフ!」

金糸頭巾の浪人が重箱を検め懐へ小判を収めた。

「いやぁなに、山ブドウの汁をサケに混ぜ南蛮の瓶に詰めれば値が十倍にまで跳ね上がる。それを江戸中の万事屋に高値でばら撒いた!襤褸い商売よなぁ!」

何と、江戸の町に出回る坊除霊はすべて偽物だったというのだ!

「フフフ…」

「ク、クフフ…」

笑いが木霊する。その時!

「フッフッフ!フハァーッ!!」

「クフ、フ…アバーッ!?」

閃光一閃。

瞬く間に鈍い軋みを立てて越後屋の半身が床へと伏す!

「アバーッ!アババーッ!」

「フフフ…悪いなァ、旦那ァ。今年のワシの刀はナカナカの上物でなァ…」

金糸頭巾の男が顔を上げた。

あぁ、ああ!その顔は!その火傷後は!?

「クッフッフ…これでかの発狂頭巾と手合わせできるって寸法よなぁ!」

読者諸君も忘れることなかれ!彼の名は「純真頭巾」!

かつて彼の純粋な欲望のために江戸の城下町を大火に陥れ、将軍を人質に取りつつ発狂頭巾と戦い、敗れた浪人、その人ならぬ!

「アバッ、痛ィ!助ケテ!」

「そうだ、叫べ!喚け!その叫声が奴をここへ…フフフ…」

純真頭巾が目を滑らせた、

その時!

「ギョワーッ!」

CRAAAASH!!!!

腐った壁をぶち抜き、唐草模様の頭巾を目深にかぶるその人!

刀身に「真治吉」の銘を帯びたる名刀を引っさげる浪人!

「来たか!!狂人!!」

片手に襤褸雑巾肉、片手に名刀を構えるその姿。紛うことなき、人呼んで『発狂頭巾』!

「貴様か、サチヨとの情景を汚すものは!!」

視線が交わり、自然と塚に手が伸びる。

「狂ってんのは…」
「ッ…狂うておるのは!」

「手前なんだよォ!!」
「貴様の方だ!」

両者の刀が円弧を描く!

「……ッ!」

瞬間、倒れ伏したのは…………発狂頭巾!?

「ギョワ……グゥゥ!?」

発狂頭巾の頭巾が血にまみれていた。

ど…読者諸君に狂人の如き視力の持ち主はいるだろうか!?ならば視たはずである。純真頭巾の剣閃が発狂頭巾の刀を折り額にまで至った剣閃を!

「クフフ…いいぞ…この太刀筋はここ数十年で最も深い味わい…刀が大いに血を吸えたことを感じる!」

「ア…ガ…ギョワ…グゥゥ」

発狂頭巾は額を押さえ呻く!

「貴様は拙者に多くの恥をかかせてくれた…しからば!」

一閃!

「グアッ!」

「恥の分だけ!」

一閃!

「ングゥッ!」

一閃!

「グッ……」

「死ねぇっ!」

大上段、一閃!

全力の一撃が振り下ろされた。純真頭巾は脳髄を露わにした発狂頭巾を想起し舌なめずりをした。

だが!

「……なっ!」

刀が、振り下ろせない。振り下ろせていない!?

「サチヨ…サチヨ…サ、チ、ヨーーーーッ!!!」

見よ、発狂頭巾が寸でのところで折れたる真治吉を掲げ、絶叫とともに押し上げているではないか!?エレキテルに不調が?いや、そうではない!彼の想起した情景が(妄想)発狂頭巾に火事場力を宿したのである!

「ばかな…馬鹿な馬鹿な馬鹿な!?」

ずい、ずいと体制が入れ替わる!今や発狂頭巾が上!純真頭巾が下だ!

「ハァ、ハァ、太刀筋が良いと、言った…な」

純真頭巾は額に冷や汗が流れることを感じる!

「馬鹿、ヤメロ!ヤメローーッ!!」

折れた刀が額にめり込む!めり、めりと頭蓋を割き押し入って行く!

「オ、オオ、オオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ!」

「ア、アアアアアアアアアアァァァァーーー!」

ーーーーーーー

「……な、…んな、旦那!」

ヒュルルと風が泣いた。

目の前にハチがいた。

「あ…お……おう、ハチ。ハチか」

全身を血に染めたハチは吉貝を前にし、自身の傷すらなかったかのようにふるまう。

「あぁ、よかった。いきなりあっしを放り投げて走り出すもんだから心配したんですからねぇ!」

「すまない、ハチ。奴が、純真頭巾が出たのだ。奴がこの事件を裏から…」

「またですかい?純真頭巾なんて瓦版の絵空事だって」いつも言ってるでしょうに…」

あたりを見回す。

辺りには崩れた小屋のものと思しき木片が舞っていた。

コツン

「んん?」

「旦那?」

吉貝は足元に触れた硝子瓶を拾い上げた。

「これは…『坊除霊』か?」

「へぇ、そうみたいっすねぇ…」

彼らは知らぬ。その血に塗れた瓶こそが越後屋が秘匿していた正真正銘の高級葡萄酒だということを。どれほどの貴重なものかを。

「んぐっ、んぐっ。おお、うまい。うまいぞ、ハチ!貴様も飲め!」

「へぇっ!そんなにうまいもんで…お、おぉっ!こいつはうめぇや!旦那も飲んでくだせぇよ!」

「おぉ、そうかすまんな。…サチヨの分まで飲ませてもらおう…」

「おっと、しんみりするなんて旦那らしくないっすよ!」

「む…そうか……そうだな!!」

だが、そんな者であれど食に対する敬意こそはあるものだ。
吉貝も、ハチも、数刻後にはただの酔いが見せた幻と思うことであろう。

純真頭巾も何もそこには何もいなかったのかもしれない。

それはただ一日の葡萄酒と狂騒が見せた幻覚なのかもしれないのだから。

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